秘密は虹彩に滲んでいる



舞踏会。
貴族の社交場。

なんてつまらないのかしら。

親に言われて来たものの私は既に帰路につきたい思いだった。。無駄に着飾って、世辞を飛ばし合っている貴族達にもう随分前から嫌気がさしていた。

「貴女のようなお嬢様がこのような会場の端にいるのは勿体無いですよ」

声の方を向くと、そこには長身の美しい造形の紳士が立っていた。人間離れしたその紳士は私にひとつ、シャンパングラスを差し出して来た。

「貴方こそこんなところにいないで、他の淑女とワルツでも踊ってくれば?」
「私はただの付き添いでございますので。貴女は如何されたのですか? このような場所はお得意ではないのでしょうか」
「嫌いだわ、とっても」

彼は微笑を浮かべた。
彼はどこかの家庭教師といったところか。

「退屈よ。社交界も、家も」
「お貴族の令嬢なんて、誰もが羨む地位だというのに?」
「令嬢なんて自由はないわ。貴族としての、女としての教育を施されて私達は殿方に出荷されていくのよ。結婚という体裁で」

退屈な身分であり、退屈な人生だ。
父も最近は私の事を道具としてしか見ていない。

「いっそ無くなってしまえば、少しは面白いかもね……」
「その願い、叶えてあげましょうか?」

紳士の眼が紅く輝いた気がする。
不思議とそれから眼が離せない。

「私に協力して下されば、貴女は自由の身になれるかもしれない」
「貴方、……何者?」
「……ファントムハイヴ伯爵家に仕えております。セバスチャン・ミカエリスと申します。」

ファントムハイヴ伯爵家。
あの女王の番犬の従者。
それが私に近づいて来たということは、私の父は何かしでかしたのだろうか。
だけど、私の頭に父の心配をする考えは無かった。

「壊してしまえるかしら?」
「お望みのままに」

シャンパングラスがカチンと響く。
一口飲むと、いつものお酒よりもどうしてか美味しく思えた。

「カレンお嬢様、せっかくです。一曲お相手願えませんか?」
「やっぱり名前知っていたのね。良いわよ、久しぶりに踊りたい気分だし」

ちょうど『華麗なる大円舞曲』の演奏が始まる。セバスチャンは私の手を取り、ひとつ手に口付けを落とした。

親愛なるユダへ


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