死と眩暈


シエルとは昔から家同士の知り合いで、今日もファントムハイヴ家へ遊びに来ていた。最近は特に多い。シエルやエリザベス、使用人のみんなと会うのももちろん楽しい。

「…セバスチャン」

どこから来たのか、以前は何をしていたのか、この執事は何も喋らない。ただ私が望むようにしてくれる。貴族の世界の騒がしい世界と違って、彼と居ると落ち着いた。安息を求めて、私は使用人という立場の彼と関係を持ってしまった。

「坊ちゃん達とボート遊びに出掛けられなくて良かったのですか?」
「いいの、もう少しこのまま……」
「もちろん、カレンお嬢様のお望みのままに」

長椅子に座って彼に肩を抱かれている、この時が私は好きだった。おしゃべりも音楽もダンスも何も要らない。ただただこの人の腕の中だけで良かったのだ。

「あなた、…お見合いとかないの?」
「私は使用人ですので。それにそのようなお話に興味はありません」

こんなに完璧な人間、もうとっくに誰かの物になっていてもおかしくないのに。不思議な雰囲気と魅力のある執事。さすが女王の番犬に使える使用人だ、どこまでも完璧だ。

「……貴方は誰のものにもならないのね」

セバスチャンの手が私の髪を優しく撫でた。心地良さに目を瞑ると、彼の口付けが額に落ちる。

「……お見合い話が来たの」

彼の腕の中から抜け出す。
名前もどんな顔かも知らない遠い貴族の子息との話だ。貴族の世界じゃよくある話だが、私には耐えられない。

「…私も誰のものにもなりたくないわ」

セバスチャンは私の前に膝をつく。彼はいつもしている真っ白な手袋をスルリと取ってみせた。彼の手の甲には黒い縁を描いた不思議な模様が刻まれていた。

「私でしたら、貴女を自由にして差し上げれますよ」
「…え…?」

セバスチャンの密やかな微笑みに目を奪われる。彼の気配が一瞬にして変わり、彼の口から微かに牙がのぞいた。

――ああ、そうか。

「あなたは……人じゃないの?」
「おや、何故?」
「貴方が人でないというなら、なんだか納得できるわ」

不思議と恐怖はない。
彼の目が怪しく紅く揺れて、私を見つめる。彼は私じゃなくて、私の魂を見つめているようだった。

「私は貴女の魂がほしい」
「……魂?」
「私に下されば、もう誰のものにもなりません。貴女は私だけの魂となります」

彼はあっけらかんと悪魔だと正体を明かした。そうして、はっきりと私の魂が欲しいと言ったのだ。悪魔の甘い誘惑と言葉に騙されている。普通ならそう考えるだろうが、私の心はそうではなかった。

「私の魂、他の誰にも渡さない?あなただけのものにしてくれる?」
「もちろん」

この悪魔にならあげてもいい。そう思った。彼の手に顎を上げられ、キスを落とされる。そういえば、彼からキスをされたのは数回しかなかったんじゃないかな。そう思った時、私の意識は微睡み始めた。

私は誰のものにもならない所にいくのだ。


致死量の愛情です、服用には御注意を



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