唇に殺されて


アンダーテイカーは最近、私が何処かへ行こうとすると、すかさず着いてこようとする。ちょっとそこまでの買い物とか、お散歩とか仕事を中断させてまで私の後を追いかけてくるのだ。
別に迷惑ってわけではないけれど、不思議だった。

そんなある日、リュミエールの教会に行こうとした時。

「行かないでほしい」

アンダーテイカーはそう言った。「どうして?」と聞いても理由を言おうとしない彼。彼の表情が、神妙なのが怖かった。でも、早く行かないとエリクさんの話が始まる時間になってしまう。

「アンダーテイカー、終わったら早く帰ってくるよ? 寄り道しないで帰ってくるから…」
「そういう事じゃないんだサラ」
「じゃあ、何なの?」

彼が深いため息を吐く。
そうして、彼は言った。

――あの集団は怪しい。

頻発している集団自殺に関わっている可能性がある。もしかしたら、リュミエールが人々を自殺へ導いているかもしれない。

「だからサラにはもう、リュミエールの教会には行ってほしくない」

『そんな事』を、彼は言った。

「なんで、そんな事言うの……」
「サラ?」
「みんな、困っている人達を救いたいって思って頑張っているのに。そんな、自殺へ導いてるなんてありえない!」

初めてアンダーテイカーに声を荒げた。
彼は驚いていた。私は悲しくて、彼に初めて怒りを覚えて。目頭が熱くなって、涙が溢れ出た。

「サラ、違う。小生はただ――」
「私、あの人達といると楽しいの。不安な事とか、忘れられるし…!」
「……不安な事って、何だい?」

彼には言っていない事が口から出そうになったのを慌てて止める。両親のいない寂しさや、記憶が戻らない不安、私達の未来。それを、彼には心配かけたくないからと、喋らない事を選んだ。
アンダーテイカーが私の肩を掴んで、顔を合わそうとしてくるのを拒む。彼の腕を振り解いて、彼がこれ以上私の心に侵入してこないで欲しかった。ただそれだけだったのに。

「アンダーテイカーには分かんないよ。人間じゃないんだから……」



口から出た言葉は、もう返らない。

アンダーテイカーの顔を見れなくて、私は居た堪れなくなって玄関のドアを勢いよく開けて逃げるように外に出た。
ひたすら走って走って。息が切れる限界まで走り続いたら、脚がもつれて膝から崩れ落ちてしまう。
手や足の痛みなんて、今はちっとも痛くなかった。上着を着てなくて、凍えるように寒いのも今気づいた。

今はよっぽど、心の方が痛かった。

なんて事を私は彼に言ってしまったんだろう。大丈夫だと、伝えたかったはずなのに。あれでは拒絶だ。
なんて惨めなんだろう。私には家族もいないのに、アンダーテイカーが私の1番信用できる人だったのに。
消えてしまいたい。自分の体を切り裂いて罰を与えて、自分の罪をどうにかして償わせてほしい。
愛しい人を傷つけた自分が憎らしくてたまらない。

「うっ……、うぅ…っ!」

もうすぐ日が沈んでいきそうだ。
不気味な程真っ赤な太陽をボーッと見ながら、私は途方に暮れてとぼとぼ歩いていた。北風が私の横を無遠慮に吹く。

――寒い、寒い。

もうすぐ夜になってしまうというのに、私には当てがない。

「……あっ」

そうだ、私はリュミエールの教会に行こうとしてたんだ。
時間も遅いのに、今更行っていいのかな。それでも、私にはもうリュミエールしか無くて、足は勝手に進んでいた。

リュミエールの建物にはすでに灯りは灯ってなかった。それでも、誰か出てくれないかと扉を叩いてみる。応答は無い。

「どうしよう…」

少ししてから、扉が重い音を立てて開いた。そこにはエリクさんが立っていて、私にいつもの優しい笑みを浮かべてくれる。

「エリクさん…」
「どうされました? 寒いでしょう、さぁ中に」

エリクさんは私を嫌な顔せず迎え入れてくれて、転んだ私の怪我の治療をしてくれて、暖をとらせてくれた。
それから、私が少しずつ話す事を静かに聞いてくれたのだ。
愛した人と初めて喧嘩をしてしまったこと。ひどい事を彼に言ってしまったこと。私にはもう何も無くなってしまったこと。

「こんな時、家族がいてくれたらな…って」

そんなことを考えてもしょうがないのに。
でも、両親がいたらこんな時、帰って相談に乗ってもらって落ち着いたら彼の元に帰ればいいんだ。
暖炉の薪がパキッと乾いた音を立てて、崩れた。
ひとりぼっち。
私はひとりぼっちだ。
また涙が頬を伝って、膝を抱えて嗚咽を抑える。

「サラさん。泣かないで下さい。ひとりぼっちじゃないですよ。リュミエールはみんな家族になれるんですから」

エリクさんは私にホットミルクを入れてくれた。ほのかに甘くて、冷えた体に染み渡る。
少しずつ、少しずつ落ち着いていく。
アンダーテイカーは、謝ったら私を許してくれるだろうか?あんな酷いことを言ったからもしかしたら家にも入れてくれないかもしれないけれど、でも謝りたい。もっと彼の話を聞いて、自分の意見も話し合えば良かった。

――後悔してばっかり。

「ありがとう、エリクさ――」

御礼を言おうとしたその時、急に息が苦しくなった。グラリと目の前が歪んで、椅子から転がるように落ちてしまう。身体に思うように力が入らなくて、焦っているとエリクさんのいつもの落ち着き払った声がする。

「おや、効きやすいのかな。大丈夫ですよ、しばらくお眠りなさい」

エリクさんの手が私の髪を撫でる。それは子供をあやすような優しい手つきと声だった。だけど、意識を手放す一瞬で見た彼の眼は、いつもと違ってちっとも笑っていなかった。
虚無。そんな眼をして私を見下ろしていたのだ。



To be continued….
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