打ち捨てられし信仰


月の光のような銀色の髪。
魂の色という黄緑色の美しい瞳。
低いけれど、慈愛に満ちた声。
壊れ物を扱うように触れてくれる手。

全部、好きになってしまった。

死神とか、人間とかどうでも良かった。
そうだ。私は『どうでも良かった』はずだ。

『どうでも良かった』から、彼と一緒にいる事を選んだのだった。
不安にならなくて良かったのに、どうして私は不安に思うようになったのだろう?



「……ん……」

誰かが私の髪を撫でている。
優しい大きな手。アンダーテイカーかと、そう思って眼を開けるとそこには蝋燭で照らされたエリクさんが私に微笑んでいた。
私は驚いて跳ね起きようとするが、何故か身体が動かない。ベッドの頭上でガシャンと何か金属音がする。どうやら私の手は手錠のようなものを嵌められているらしい。

「大丈夫ですよ、落ち着いて?」

優しい声のはずなのに、虚無感のある声。
いつも教会で私達に話しかけていたような声とは違う。
少し周りを見渡すと、見覚えのない部屋だった。明らかにエリクさんの部屋とは違う。暗くて何も音が聞こえない、そんなに広くない部屋のベッドに寝かされているらしい。

「何処…ですか。どうしてこんな…」

エリクさんに質問をしても薄い笑みを浮かべて、私の事をじっと見ている。
まるで、私の事を観察しているような眼。彼は静かに口を開いた。

「ねぇ、サラさん。どうして人は死ぬんだと思います?」
「……え?」
「別に死ななくてもと思いませんか?それなのに、人間は皆、必ず死にます。それは何故なのか……」

まるで神様が人々に教えを与えるようにエリクさんは話す。未だに状況が掴めないまま必死に考えてみるけれど、分からない。ただただ何か分からない恐怖が全身を襲う。
エリクさんは微笑みを崩さないまま、口を開いた。

「それはね。死んだ方が幸せだから、人は死ぬんです。」

さらりと、彼は言ってのけた。

「……私の両親は、金に困って私を残して首を吊りました。……昔、リュミエールが孤児院だった頃、保護した女の子達が手を繋いで自ら命を断ちました。自殺する人はまるでこの世には幸せになる方法が無いと言うように死んでいくんです……」

エリクさんの蒼い眼から涙が溢れて、落ちた。

「私はそんなはずはないと思っていました。だけど、やはり人間には生きる権利もあれば死ぬ権利もあるのではないかと思い始めました。」
「なにを…言ってるの…?」

エリクさんの手が私の頬を撫でる。
冷たい手を振り解きたかったが、それは叶わない。顎を掴まれて無理やり眼を合わせられる。その手は彼からは考えられないくらい乱暴な手つきだった。

「ねぇ、サラさん。貴女のご両親はもう天国にいらっしゃるんでしたよね?」


――貴女も天国に逝くのが、一番幸せになれると思いませんか?――

全身に汗が流れるような不気味さ。
どうしてこの人はこんな事を笑って言うのか、理解が出来ない。

「貴女はいろいろな事を悩まれていた。もう苦しむ必要はありません。」

薄暗い部屋の外から人の気配がすると思えば、5人の男性が部屋に入ってきた。

「この者達が貴女とあちらに一緒に旅立ってくれます。怖い事はありませんよ。みんなで薬を飲んで、そのまま眠るように逝けるんですから」

エリクさんは私の手錠を外して、体を起こさせると私の手をとって、小さな薬を手に置いた。周りを見渡すと男性達も同じ薬を持ってニコニコしている。
異様過ぎて、身体が動かない。

「私は、貴女を救いたい」
「……救う……?」

薬に眼を落とす。
これを飲んだら、これからの辛い事も寂しい事も考えないで済む。もしかしたらあっちで両親と会えるかもしれない。

でも。
頬に熱いものが伝う。知らないうちに涙が出ていた。それが、きっと私の答え。

「……いや」
「え?」
「こんなのいりません!!」

私は錠剤を部屋の隅に投げ捨てた。
エリクさんはひどく驚いた顔をした後、見たこともない顔をして私を睨んだ。でも、私は臆さず、睨み返す。

死にたくない。
アンダーテイカーに二度と会えなくなる方がよっぽど怖い。そう気付けたから。

「私には帰るところがあります。死ぬ必要なんて私には必要ないです。私はあなたに救われなくて良い」

エリクさんは深い深いため息を吐いた。綺麗だと思った蒼い眼に光はもう無く、別人のような雰囲気となっている。

「もう少し、貴女は絶望した方が良いのかな……」

エリクさんは何か小さく呟くと、周りの男性達に合図を送る。嫌な予感がして逃げ出そうとすると、男性達に取り囲まれてベッドに押し倒されてしまう。男性達も先程とは違う。舐め回すように身体を見られて気持ち悪い。抵抗しようにも男性5人の力には勝てないし、何より怖くて思うように動けなかった。

「貴女のように救いを拒む信者も時々います。そういう時は私達があちらへ逝く為のお手伝いをさせて頂いています。」
「な、なに……?」
「貴女の愛しい人は、貴女が他の男に汚されてしまったらどう思いますかね?」

その言葉にゾッとして、身体が震え出す。
するりと、スカートの上から足に男性の手が滑るのを感じる。拒否反応で足を動かして抵抗するが、すぐにまた捕まってしまう。

「いや、やめて……!」

そんな声を出しても私を取り囲む男性達はニヤニヤとして、聞く耳を持たない。アンダーテイカー以外の人に触られるなんて絶対嫌だ。

「俺、東洋人の肌見るの初めてなんだよなぁ。絹みたいって聞いた事あるぞ」
「お嬢さん、死にたくなったら言うんだよ。僕らと一緒に逝こう」

――嫌だ。嫌だ嫌だ。

「助けて……っ」


涙がこめかみへと流れて落ちた。
無限に近い井戸に突き落とされたような激しい恐れが私を襲う。

To be continued….
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