ワインレッドの幻


「いや…っ、触らないで…っ!」

男達の手が私の服の下に入り込んできて、撫で付けてくるのが気持ち悪い。
首元や耳に舌を這わされて、震え上がるように不快感が全身を襲う。無理矢理口を開かされて舌をねじ込まれて、気が狂いそうになる。
――気持ち悪い!
そうだ、いっそ気でも狂ってしまえばこんな事を忘れられるかもしれない。

「んぅ……やめて!!」

誰も私の懇願を聞いてはくれない。荒い息をして、私の身体を凝視して楽しんでいるのだ。エリクさんの方を見ても虚な眼をして、ただ微笑んでいるだけ。

「あちらへ逝く気になりました?」
「……っ!」

そんなの絶対嫌だ。
でも、どうすれば良いのか分からない。
胸を服の上からイヤらしい手つきで触れていた手が、乱暴に私のブラウスを引き破いた。

「いやぁああ…っ!!」

――もう、やめて。
声も枯れがれになってきて、抵抗するにも疲れてきた。
アンダーテイカーは、こんな穢れてしまった私の事をどう思うだろう。せっかくもう一度会いたいと思ったのに、どんな顔して会えば良いのか分からない。
涙で視界が霞む。

――やっぱりもう、死んでしまえば――

そんな事を思った時、一陣の風が部屋に吹き抜けた。それは突風のような激しい風で、眼を開けられなかったけれど、私に触れていた手が離れて男達は次々と悲鳴を上げて、それから声が聞こえなくなった。
私は何が起きているか分からなくて、怖くてキツく眼をつぶって身を小さく縮めた。
しばらくしても、何も起きないので恐る恐る眼を開けると、私を襲ってきた男達がその場に気絶していた。
周りを見渡すとそこには壁にエリクさんを追い詰めたアンダーテイカーの姿があった。アンダーテイカーの手には見たこともない大鎌があって、その刃はエリクさんの首元に向けられている。

「これは驚いた。サラさんの大切な人、というのがまさか死神とは」
「……その口でサラの名前を呼ばないでおくれ」

――どうして、彼がここに?
あんなひどい事を私は言ったのに。
まさか彼は私を追ってきてくれたの?
全身の力が抜けて、先ほどまで流していた涙と違う涙が雨粒のように溢れた。

「チョットォ!!ストップ!!死神が人間の生死に関わるのは御法度!!」

扉からまたひとり大きな声を上げて入ってきた。それは、かつての舞踏会の時、少し顔を合わせた赤い死神だ。その後からファントムハイヴ伯爵を抱えたセバスチャンが続く。

「ロンドン警察を呼んだ。エリク・バロー、お前はもう終わりだ」
「……そう、残念だ」

ファントムハイヴ伯爵の言葉に、彼は妙にあっけらかんと降参の意を示した。アンダーテイカーは赤い死神さんに止められて、やっとあの大鎌を彼から離す。
エリクさんはセバスチャンに拘束されて、しばらくして到着したロンドン警察に身柄を引き渡された。アンダーテイカー達は正面から信者達を薙ぎ払いながら、気配を気取られないように私を探してくれたらしい。
こうして、リュミエールは自殺へと人々を導いたカルト教団として摘発され、これからより詳しい捜査が入るそうだ。

アンダーテイカーは、ひと段落すると私の所にやってきて何も言わずに私を抱きしめてくれた。

「すまなかったね」

どうしてアンダーテイカーが謝るの?
私は必死で首を横に振って彼を抱きしめ返した。

「ちがう…全部私のせい……。こんな事になったのも、アンダーテイカーの話をちゃんと聞かないで、自分の殻に閉じこもった……」
「……サラ」
「ひどい事を言ってごめんなさい……」

「もういいよ」と彼は言ってくれて、私の涙を拭ってくれる。何だか最近は彼を避けてしまっていたから、久しぶりに眼があったと考えていると彼の眼が肌蹴た私の胸元に落ちた。私は慌てて破けたブラウスを掻き合わせる。

「……サラ、まさか」

アンダーテイカーは何か察してしまったらしい。彼は私にローブを羽織らせてくれて、私の震える手を握ってくれる。温かくて大きないつもの彼の手に、少し安心した。

「家に帰ろう、サラ」

その言葉にうなづくと、彼は私を抱き上げる。
伯爵や、セバスチャンに真っ赤な死神さんに御礼を言いたかったけれど、アンダーテイカーは足早にリュミエールを後にしてしまった。
まるで、私を早くここから連れ出したいように。



To be continued….
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