ネイムレス・パーティー


私の背中の痛みも引いた頃。今日、家に帰ろうと予定した日の事だった。
ファントムハイヴ伯爵に、自分の許嫁であるエリザベスを紹介してもらった。

「わ〜、私、アジアンの女性とお友達になるの初めてなの! よろしくね!」
「こ、こんにちは…」

金髪の美しい可愛らしい女の子は、貴族にも関わらず私と接してくれる。本来だったら、私なんて貴族と知り合うことも出来なかったろうに。彼女は年下でもあるので、気軽にリジーと呼んでほしいと言う。

「ねぇ、良かったら一緒にお茶でもしない? 丁度ニナも来ているのよ!」
「え?」

彼女の話をした途端、バタンと大きな音がして扉が開き、黄色い歓声が大音量で響き渡る。

「またお会いしましたわね!レディ!! 今日も相変わらず透き通るような肌をして!」
「お、お久しぶりですニナさん…」
「私の作ったものを着てくれているなんて感無量ですわ! もっと私に御顔を見せて…」

同じ女性なのに至近距離に接近され、肌を撫でられるとドキドキしてしまう。

「ニナ! 彼女が困っているだろう」

呆れ顔のシエルと、セバスチャンが部屋に入ってくる。
ふたりに来るようにと言われ、私達はリジーに引っ張られながらついていく。
大広間は、普段とは違う可愛らしい雰囲気に装飾されていた。カーテンの色や、絨毯まで淡い色合いに変えられている。
テーブルには色取り取りのお菓子と、紅茶の準備がされていた。

「当家の使用人がお嬢様に怪我を負わせてしまったので、そのお詫びの気持ちで御座います。」
「サラさん、本当にゴメンなさい〜」

フィニが泣きそうな顔をして頭を下げる。もう何度も何度も謝りに来ていた。私の不注意だったのだから気にしなくて良い、と伝えているのに。フィニの可愛らしいところでもあるのだけれど。

「今日は女性だけでお茶会をお楽しみ下さい。僕らは同席しませんから、気兼ねなく楽しんで下さい」
「伯爵…ありがとうございます」

ファントムハイヴ伯爵がニコリと笑うと、少年であると言うのに、ドキッとしてしまう。
ニナさんは『さっ、殿方はさっさと出て行って!』と遠慮無くみんなを退出させてしまう。
伯爵が出て行く前に、私はアンダーテイカーは何処に居るのか尋ねると、彼も知らないと言う。けれど、テーブルを指差して『楽しんで来るようにと、伝言を預かっています』それだけ私に伝えて出て行ってしまう。
テーブルの上を見たら、アンダーテイカーのいつもの骨の形をしたクッキーがあった。

「さっ! お茶会を始めましょう!」

彼女らと色んな話をした。
最近のロンドンの様子から、最近の流行のドレスの話、恋愛の話。普段なかなか出来ない話を聞いて、驚いたり笑ったり。
なかなか女の子とお話しする機会がないから楽しくて仕方がない。

「それでね、シエルのお嫁さんになるために日々、花嫁修行中なのよ」

リジーが楽しそうに話してくれる。
将来結婚を前提にされている、それだけ聞くと窮屈そうだけれど彼女からは微塵も感じない。
本当にファントムハイヴ伯爵が大好きなんだ。

「ねぇ、サラさんは恋人いるの?」
「…えっ!…い、…いるよ」

そう答えるとリジーからは歓声、ニナさんから悲鳴。改めて人に聞かれて自分の口から言うと少し照れ臭い。

「えぇ!? じゃあ、その肌を触っている男がいると言う事なんですの!? 」
「やだ!ニナ! 大胆よ!!」

ふたりは勝手に盛り上がって、何だか話がズレてきているような気がする。

――でも。
私の頭にはひとつの思いがぐるぐると巡っていた。
リジーと伯爵は結婚として形に残せるけれど、私とアンダーテイカーはどうなるんだろう。彼は人間じゃないから、結婚とはいかない。
それに、私達とは生きる時間が違うという。


私達の未来はどうなっていくんだろう。


お茶会も夕方に終わり、また集まる事を約束してみんなに見送られながら、私は馬車に乗り込もうとした時。

「きゃあ、アンダーテイカー!?」
「やっほ〜、遅かったねェ」

いつから馬車にいたのか分からないがそこにはヒラヒラ手を振る彼の姿。私の手を取り、馬車に導いてくれる。

「さっ、やっと我が家に帰れるねェ。害虫がいなくて安心するよ、ねぇサラ?」

セバスチャンにだけ分かるようにアンダーテイカーは嫌味を放つ。セバスチャンはいつもの笑みを浮かべて、『またお待ちしております、お嬢様』と言った。
また会う約束をして、私たちの馬車は出発した。

「ねえ、あのお茶会。アンダーテイカーがお願いしてくれたんでしょ?」
「……アレェ〜、バレた?」

彼は少し照れ臭そうにしている。

「小生との生活じゃ、なかなか可愛いものは見れないからね。少しでも楽しんで息抜きしてほしかったんだよ」

――気を遣ってくれたんだ。
何だか胸がキュッとなって、頬が熱くなる。私は気付いたら、彼の頬を包んでキスをしていた。どうしてもお礼をしたくて、伝えたくて、身体が勝手に動いていた。
 
「……ありがとう、アンダーテイカー」

そういうと、アンダーテイカーは急にそっぽを向いてしまう。何故か肩を細かく震わして、笑いを堪えているらしい。

「ど、どうして笑うの?」
「……ッヒヒ、あー、ごめんよ。ちがうんだよ」

彼の大きな手が頭を撫でる。そのまま髪を撫でて、一房取ると口づけられて、そんな仕草にも心臓が高鳴るのを感じた。悪戯っ子のような眼をして私を見つめてくる。私が首を傾げるとまた笑って、楽しそうにして言う。

「どうして小生が喜ぶ事を知ってるんだい?」
「……っ」

抱き寄せられて彼の胸にすっぽりと収まる。
いつもの彼の匂いに安心した。

「喜んでくれたのなら、小生は嬉しいよ」
「うん、楽しかった…。ありがとう」

馬車の中、家までの距離を私達はずっと抱き合ったままだった。
安心感で、私は昼間思った事はしばらく忘れてしまっていた。

『今』、彼と一緒に居れれば充分だった。


To be continued….
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