計算尽くしのアンプロンプテュ



今日はアンダーテイカーが1日仕事なので、ひとりだった。とりあえず買い物をしに行こうと仕度をして、家を後にする。
数日前に、雪が降ってそれがまだ道に残っている。足を取られそうになりながらも、気を付けながら進んでいった。
いつものお店で買い物は済ませたのだが、すぐに私の両手はいっぱいになってしまう。

「すごい、荷物になっちゃった…」

ご近所さんはみんな良い人で何かしらのお裾分けを頂いてしまうのだが、今日はすごい荷物になってしまった。
私は広場のベンチに座って少し休憩と荷物の整理をすることにした。
少し肌寒いけれど、珍しくお天道様が出ているから気持ちが良い。
良くお世話になっているお店のマダムから大量のスノードロップをお裾分けしてもらった。可愛らしい真っ白な雪のような花を咲かせている。

「アンダーテイカー、喜ぶかな…?」

彼の喜ぶ顔が見たい。そう思っていたら、ぽろっと口から考えていた事が出てしまった。

「サラさん、こんな所で何を?」

声をかけられ顔をあげれば、リュミエールのエリクさんがそこにはいた。柔和な笑みを浮かべて挨拶をしてくれた。

「最近、教会に来て下さらなかったので、寂しかったんですよ?」
「ちょっと、友達の所に…。エリクさんもお買い物ですか?」

彼もまた買い出しに来たのだという。
エリクさんは私にこれから時間はあるかと尋ねてくる。これから一緒に教会でお茶をしないかとお誘いを受けたのだ。

「えっと…、どうしようかな…」
「少しお喋りの相手になって頂きたいだけなのですが…?」

そういうことなら、と私は腰を上げて教会に足を運んだ。
彼の部屋は教会の地下にあって、白を基調としたシンプルな部屋だった。

「すみませんね、殺風景な部屋で」

彼は私を座らせるとお茶の準備をし始めた。確かに何もない、といえば失礼だけど男の人の部屋なんてそんなものかも。
今になって、男性の部屋に入ってしまって大丈夫なのか心配になってくる。
エリクさんは私に紅茶とクッキーを出してくれた。

「お口に合うかどうか…、趣味で作った物なので」
「え?これ、エリクさんが作られたんですか?」

彼は照れながら、頷く。
可愛らしい型取りをされたクッキーを作ったのか、と思うと彼の優しさが窺える。
ひとつ手に取り、口に運ぶ。控えめな甘さの、優しい味のクッキーだ。

「んっ…美味しいです」
「本当ですか、良かった」

私達は紅茶を飲みながら、なんでもない会話を続けた。
彼は自分の生い立ちについても語ってくれた。彼は貧しい生まれで、両親も早くに亡くし孤児院で育ったらしい。孤独だったけれど、孤児院の仲間達と協力して、このリュミエールを立ち上げたのだという。

「じゃあ、リュミエールの前身は孤児院なんですか?」
「ええ、そういう事になりますね。だから皆元から世話焼きが多くて」

――素敵な話だな。
昔からの仲間と人助けをするなんて。

「貴女は、東洋人のようですが何故この地に?」
「……え」

私は思わず固まってしまう。
何故ならそれが分からない。両親のことを思い出せていないのだから。
私が口籠っていると、彼は何か察したのか「すみません」と謝ってくる。

「申し訳ない、言いたくない事もあるでしょう」
「いえ、あの……私……」

――実は。
私はポツポツと話し始めていた。どうしてエリクさんには話せてしまっていたのか分からない。彼の聴き心地の良い声のせいだろうか?
自分はとある村に住んでいたこと。かつて恐ろしい伯爵夫人に襲われた事があること。記憶喪失で未だに戻ってない記憶があること。

「両親のこと、思い出せないのが何だか申し訳なくって…」

両目から熱いものが落ちる。知らない間に私の目からは涙が溢れてきてしまう。
エリクさんは私にハンカチを差し出してくれる。泣き出してしまったことが恥ずかしくて彼から顔を背けた。

「ごめんなさい、なんか…私…」
「良いんですよ。……辛かったのを我慢なさってきたんでしょう?」

一度溢れてきたら、止まらなくなって。
アンダーテイカーにも心配させたくないからと話せていない事だった。こんな事言い出したら、彼はきっと優しいから私に村に帰るように言うかもしれない。
だから、ずっと胸に秘めていたのだ。
エリクさんは私が落ち着くまで、静かに話を聞いてくれた。

「ご両親は…もう、亡くなってしまったのですか?」
「……はい」

エリクさんは「……そうですか」と気まずそうに呟く。

「なら、……もう貴女が救われるのは、1つしかないんでしょうかねぇ……」

小さな、小さな声で彼が何か言った。その時の彼の眼はどこか空虚な色をしていたのが気になって、声を掛けたらまたいつもの優しい蒼い瞳になる。
日が沈みかけた頃、私は教会を後にした。話を聞いてくれたお礼に、エリクさんに大量にもらったあのスノードロップをお裾分けした。

「もし、本当に辛い事があったら、またいらして下さいね」

彼は最後まで私を気遣ってくれた。
家に帰ると、部屋は暗くて、アンダーテイカーはまだ帰宅していなかった。静寂が、今の私には怖い。
スノードロップを花瓶に飾り、私はキッチンに向かう。
少しするとアンダーテイカーは帰ってきた。私は思わず帰ってきたばかりの彼を抱きしめると、「何かあったのかい?」と尋ねられた。
だけど、私は首を横に振る。彼が帰っていたら、エリクさんに話した事を彼にも話そうと思っていた。けれど、やはり彼を心配させるだけだと思って、やめた。
私が料理を運んでくると、彼はスノードロップを見つけて、愛でている。

――あぁ、やっぱりダメだ。

愛しい人を不安にさせてはいけない。私はもう大丈夫なんだから、この人に救ってもらったんだもの。

私は思い出し泣きをしそうになるのを食い止めて、笑った。


To be continued….


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