惚れたら最後



吉原がとあるひとりの侍により太陽の下へと帰された。私はここに売られてきてからというもの、十数年ぶりの再会となった。
そのひとりの侍。私は一度だけ見かけた事がある。そう、見かけただけで話した事はない。
銀色の髪をしたお侍さん。廃刀令のこの時代に木刀を腰にさした男性だった。太陽みたいに温かそうなそんな印象を受けた。
私は吉原が自由になってからも、吉原に留まった。帰る場所もないし、他にできる事があるかと聞かれたら何もない。
そうしてもうひとつ、ここにいればあのお侍とまた会えるのではないかと思ったから。

女将にお使いを頼まれてからの帰り道。暗くて燻ったような吉原とは一変、明るい街に吉原は変わった。まだ治安などの問題は山積みだけれど、きっと良い方向へと進んで行くだろう。
今日は吉原の近くでお祭りなんだっけ。いつもより人が多くて歩きにくい。

「あっ…!」

人混みに飲まれて、バランスを崩してしまう。そのまま体勢を立て直せずに手をついて転んでしまった。人前で転ぶなんて、恥ずかしい。早く立ち上がろうとすると、いきなり強い力で腕を引かれた。

「おい、大丈夫か」

銀色の髪は太陽の光に輝いていた。彼は私の着物についた土を払ってくれた。まさか、彼に会えるなんて、助けてもらうなんて。

「お前、手ェ怪我してんじゃねぇか。あー、こっち来い」
「えっ、あっ」

手を引かれて近くの茶屋の椅子に座らせられる。自分の手を見ると擦って血が見えて、動かすとヒリヒリとした痛みが走る。

「あの、このくらい大丈夫ですから」
「女の手に傷は似合わねェよ」

「ほれ」と銀髪のお侍さんは私の手を水で流すと絆創膏を貼ってくれた。

「あと、拾ったんだけどよ。コレ……お前のか?」

彼の手には私の髪から抜け落ちた簪。でも、誰かに踏まれてしまったのか折れてしまっている。飾りの装飾も何個か取れてしまっていた。

「……あっ」
「誰かにもらった物なのか?」
「いえ、そんなんじゃ…!」

会えた、やっと。
銀髪のお侍さんが私の顔を見て笑う。どうして笑われているのか、首を傾げていると「あぁ、悪ィ」と太陽みたいな笑顔を向けて言う。

「そんな驚いた顔してどうした?」
「あっ、その……。あなたが私達を助けてくれたんですよね……?」

私は変な事を言っているのだろうか。
お侍さんは私の隣に座ると、店員さんにお団子をふたつ注文した。

「助けたってーか、依頼受けたら結果こうなったって感じ」
「依頼?」
「俺、万事屋やってんの。何でも請け負うぜ、報酬はちゃーんと貰うけどな」

彼は悪戯っ子みたいな笑みを浮かべて、彼はお団子を頬張る。私にもひとつすすめてくれた。

「お前はなんていうの?」
「……アヤ、アヤです」

彼は坂田銀時とそう名乗ってくれた。
坂田銀時。何度も何度も彼の名前を心に刻みつける。今日は、彼と出会えた。喋る事も、名前を知る事もできた。

「じゃ、俺は行くわ」
「あ、あの、私この近くの三松屋というところに住んでいるんです」

だから、良かったら遊びに来てください。そう言うと彼は去っていった。彼は今日はどんな用事で来たんだろう、やっぱり好い人がいるんだろうか。
彼から奢ってもらったお団子を口に運ぶ。甘くて美味しい。けれど、さっきまでのような高揚感はなくなりかけていた。たまたま今日出会えただけだっていうのに、私は少し期待しすぎていたみたい。

「私、遊女だし……ね」

簪を持つ手に力が入る。
馬鹿みたい、自分の身分を忘れていたなんて。
帰ろうと思って立ち上がろうと顔を上げた時、そこには去ったはずの彼が立っていた。

「ほら、そろそろ日も暮れっから……おくってやるよ」

手首を掴む彼の大きな手は熱いくらいに温かい。彼の背中すら見れなくて。期待しちゃダメだというのに、幸せだった。

今日は珍しく運が良い日らしい。


ひとひらの夢
(じゃあ、またな)
(今日はありがとうございました…)

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