どうぞ彼岸の道づれに
「まぁ、晋助様…!」
「よぉ、アヤ」
彼は私のことを源氏名で呼ぶことはなく、私の本当の名で呼んでくれる。芸妓として彼と出会ったのはもう数年前のこと。彼がどういう思想を持ち、どういうことをしようとしている人間なのかは重々理解している。理解した上で、私は彼にお座敷に集まる情報を流すという協力をしているのだ。
「最近は顔を出して下さらなかったから、少し不安だったんですよ」
「それは他の客にも言うのか?」
「本心から言うのは晋助様だけです」
お酌をしながらそう言うと、晋助様は微笑を浮かべた。
本当にコレは私の本心から来たものだ。前はもう少し頻繁にお茶屋に呼んで下さったのに、今夜は久しぶりに顔を見ることができた。見る限り、大きな怪我も無さそうで安心した。
「舞でも舞いましょうか?それとも三味でも…?」
「いや、今日はお前と話をしたらすぐに出る」
「……そう」
ーーお忙しいのね。
分かっていたけれど、残念でしかなかった。俯いていると、晋助様に鼻で笑われてしまった。
「そんな露骨にがっかりされるのも悪くない」
晋助様に肩を抱かれて引き寄せられた。晋助様の着流しからは少しキセルの匂いがする。私が一番安心する匂いにうっとりしていると、晋助様はあることを私に切り出した。
「お前、俺と来る気はあるか?」
「え?」
それは私が最も夢見ていることでだった。けれど、頭に浮かんだ自分自身の境遇に私はすぐに顔を伏せることになる。
「でも、私には…返さなくてはならない借金がありますから……」
貧しい村の出身だった私は、両親に泣く泣く売りに出されたのだ。家族のためだと私は割り切り了承した。遊郭じゃなかった分、まだマシではあったが、今ほど自分のこの境遇を恨んだことはなかった。
私に逃げ場はない。一生芸妓として生きていくのだ。
けれど、晋助様は信じられない言葉を発した。
「そんなもんはもうねぇよ」
「え?」
「さっき、置屋の女将に金を渡しておいた」
「そんな…っ!」
一体どれだけの大金を払ったのだろうか。
自然と目に浮かんだ涙を晋助様の長い指が拭ってくれた。
「お前を縛るもんはもうねぇ。だから、これからは好きに生きろ」
「好きに…?」
「お前の村に帰るでも、ひとりの女として生きても、……俺と共に生きても、好きにしろ」
村に帰っても、もう誰もいないかもしれない。私は晋助様の着流しを掴んで、心から望んでいたことを吐き出した。
「私を一緒に連れていって下さい……!」
ひとりでなんてもう生きてはいけないだろう。
この人とだったらどこでだっていける。
胡蝶の夢へと誘わむ
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