愛しい傷痕




私の目の前に広がるのは美しい美しい星空だ。冬の澄んだ空気が、空をより綺麗に見せてくれている。

「憎たらしいわね」

高い場所から私をいつも見下ろしている、あの遠くで輝く星々が憎たらしくて仕方がなかった。お前は所詮そこに這いつくばっているのがお似合いだ、とでも言われているようで。

――そんなことは知ってるよ。
全身が痛い。血が足りないのが分かる。
回復が間に合わないほどに、赫包も全部やられてしまっていた。

「あーぁ、もう終わりか……。」

近づいてくる足音に語るように言葉を発した。意外と頭はクリアだ。死ぬ前ってもっと苦しいのかと思ったけれど、そうでもないんだな。

だから、君がそんな顔をしないでよ。

「ねぇ、ハイセ…」

君が死んじゃいそうな顔しているよ?
星空の代わりにハイセの顔が私に見えた。白黒の髪が夜風に遊ばれるように靡いている。

「コハルさん、喰種だったんですね」
「……私はてっきり気付いてるものだと思ったけど」
「……」
「気付かないフリしてくれたの…?」

ハイセは何も答えなかった。
ハイセとはたまたま喫茶店で出会った。私がたまたま読んでいた本を知っていたらしく、話し掛けられた。不思議な雰囲気を持った人間だと思っていたら、ハイセは自身が喰種捜査官であることを明かした。この辺りを捜査していると聞いたとき、私はいつかこの人と戦うことになるとなんとなく思った。でも、殺されるならハイセが良いとも思ったのは確かだ。

どうしてかは自分でも不思議だ。

「ハイセが最近噂のクインクス…?」
「はい、そうです……」

だから他の捜査官と違い強いのか。
これまでたくさんの捜査官を、自分の身を守るために殺害してきた。後悔もない、生きるために仕方のないことだから。

でも今夜ハイセと対峙した時、後悔の念が私の心に湧いてきた。人を殺してこなければ、人を喰べてこなければ、喰種じゃなければ。
ハイセの隣にいれたかもしれない。

「…ハイセ……好きよ」
「……!」
「だから、早く逝かせて」

――このままじゃ未練が残りそうだ。
今、私の頬を伝った熱いものは涙だろうか。

ハイセは自分のクインケを握り、矛先を私に向けた。

「コハルさん……、僕もあなたが好きでしたよ」
「……うそ」
「嘘じゃない。一目惚れってヤツです」

私は手で目を覆った。
ーー叶わない、望んだ最期に言葉が聞けた。
私はそれだけで充分。

さようなら、愛しき人。
また逢う日は遠くないことを願うわ。

やっとやっと、私はあの星になれるの。

心臓は貫かれる歓喜を待っている


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