懐古もセピアも色褪せるだけ


初めて身体を重ねた日から数ヶ月――。
私達は恋人になった。後々聞いたらウタさんは私を喰べようだなんて最初から思って無かったらしい。ニコさんに言われたと言ったらソレはあの人の法螺吹きだとため息まじりに言われた。
自分の人生を生きることができ始めてから、私は死んでから行ったことのなかった親の墓参りに行った。死んでしまってからやっと向き合うことができたということに、少し後悔も感じた。

もう少し、向き合っていれば両親との仲は改善されたのかもしれない。

「あれ、ユヅキさん…」

私は買い物ついでにひとり、:reに来ていた。
トーカさんが私の匂いを嗅ぐ。こちらの世界に来てから匂いを嗅がれる機会が多くなったせいか、随分慣れてしまったものだ。

「……匂い、あんまりしなくなった?」
「え?」

トーカさんも不思議な顔をしているが、私だって良く分からない。
ひとつ思い当たることを思い出し、カッと身体が火照る。

「どうしたの?」
「ううん、なんでもない!」

代金を払って:reを出る。
恋人になって、関係を持ったから――なんて、恥ずかしくて言えない。火照った顔を冷たい風が撫でて冷ましていく。

「ただいま、ウタさん」

帰るとウタさんは作業台の上で突っ伏していた。ウタさん風邪ひくよと揺すれば、ムクリと起き上がり引き寄せられる。

「……おかえり、ユヅキさん」
「あのね、トーカさんから美味しいコーヒー豆貰ったの。一緒に飲もう?」

袋から出してウタさんに見せると「うん」と小さく笑って私の肩口に顔を埋める。

「良い匂い……」

ウタさんは相変わらずだ。
ウタさんには私の匂いは変わらないらしく、捕まえられては嗅がれる。

「トーカさんにも言われたよ、あんまり匂いしなくなったって」
「いいよ、みんなにはしない方が」

取られちゃ困るしね、と軽く唇を合わせるだけのキスをされて、そのまま角度を変えながら深いものへとなっていく。
甘い痺れが頭に走って、ジンと胸の奥が震える。ウタさんの手が私のカラダをなぞったとき、このまま痺れに飲み込まれてしまうと唇を離した。

「コーヒー淹れるからっ…」
「ねぇ、ユヅキさん」
「……ん?」

ウタさんの長い指が私の髪を絡め取る。
涼しげな彼の嚇眼に見つめられて、首を傾げる。

「人間の世界に戻りたいって思わない?」
「……ふふ、なにどうしたの」
「幸せならいいなと思って」

――幸せだよ。
自分で決めたんだもの。

「私はここにいたいの」


ここで生きていく。


End
生きて御覧よ、醜悪な世界さ
2016.12.21


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