平和に行きましょう。

無いよ君だけが行ける楽園なんて



「何かあったらすぐに連絡してくださいよ。すぐに来るんで。あと戸締りはちゃんとしてくださいね」
「ふふ、わかったよ」

玄関先で、ほんまに分かってます?と言いながらも優しく口付けを落としてくれる隠岐くん。

「早いうちに犬飼先輩に話しつけに行きましょうね」
「そうだね。ありがとう」
「あ、せや。俺の事、下の名前で呼んでくださいよ」
「え、っと、孝二…でいい?」
「やっばい。ほんまかわええ。むっちゃ嬉しい」

孝二は嬉しそうに頬を赤らめて喜んだ。

「孝二もさ、敬語じゃなくていいよ。敬語だと距離遠く感じるから」
「ほんまに?じゃあお言葉に甘えて。俺も名前ちゃんって呼んでええ?」
「ふふ、お好きにどうぞ」

名前ちゃんおやすみ、と言って最後にとびきり甘い口付けを交わす。もう付き合ってるみたいだな、なんて幸せに浸りながら、玄関を開けて孝二を見送った。姿が見えなくなってから部屋に戻ると、すぐに家のインターホンが鳴る。孝二が何か忘れ物でもしたのかと思い、何も考えず扉を開けた。

「へぇ、堂々と浮気?凄いねぇ」

そこには冷え切った目をした澄晴が立っていた。すぐに扉を閉めようとするも、男女の力の差には勝てずに扉を開けられて澄晴が家に入った。すぐに鍵とチェーンを掛けて私の手を引いて部屋まで移動した。怖くて足に力が入らない。

「隠岐となにコソコソしてたの?あ、孝二だっけ?何でもいいけどさ、まるで恋人みたいな会話してたね」
「なんで…」
「玄関の声って扉閉まってても少し聞こえるでしょ?途中静かな時あったけど、キスでもしてた?」

いつもの弓形の目も今は光のない冷え切った瞳で、私を酷く軽蔑したような視線で射抜いてくる。

「裏切ったら許さないって言ったよ?あと離す気ないとも言ったよね」
「も、もう、澄晴とは一緒にいられない」
「…ふーん。やっぱり隠岐に唆されたんだね。でも隠岐に見せてもいいの?」
「な、にを?」
「この動画とか?」

それは以前、澄晴がわたしに自分で自分のを触ってと、所謂、自慰行為をしてと言ってきた際に、嫌々ながらも従った時の動画だった。澄晴のスマホから私の控えめな喘ぎ声が小さく聞こえる。

「動画撮ってたの…?」
「動画回してるの気付かないくらい気持ち良かったんだ?へぇ、可愛いなぁ。俺の名前呼びながらオナってんの見て、隠岐はどう思うんだろうね」
「や、やめて」
「俺さ、この動画で何回も抜いたんだ。どのAVよりも抜けるんだよね。ほら、見て!この名前の顔エロすぎでしょ」

澄晴は一人楽しそうに私の動画を見て笑っている。以前澄晴が「俺から逃げられない」と言った言葉が、ようやく今理解できた。

「こんな可愛い名前本当は誰にも見せたくないんだけどさ、隠岐の方に行きたいならこれくらいの試練を受けてもらわないと」

さっきまでの幸せが嘘かのように思えた。もう、何もかもが嫌になっていた。私は幸せになれない。孝二と幸せになれると思ったのがバカだった。あんなの、孝二に見られたら嫌われるに決まってる。ボーダー内に広められたら?学校にバラまかれたら?そんな事を考えてうちに、生きてく事に疲れてしまった。






***




 

「今日明け方頃、三門市内の住宅で、女性が意識不明の状態で見つかり、搬送先の病院で死亡しました。警察によりますと、現場の状況などから自殺したとみて、現在詳しい状況を調べています。」

テレビから聞こえる内容が耳に残る。俺が求めていた事ではないけど、俺だけの名前でいてくれる唯一の手段だ。本当は俺たち2人だけの世界でいたかった。だけど名前がその世界から出ようとした。

「そんなの許さないよ」

他の男の世界に行くなんてもっての外だ。だって名前は俺の女だから。

もう名前とキスもセックスも出来ないなんて、そんな寂しい世界は必要ない。

「動画だけじゃ満足出来ないんだけどなぁ」

部屋の窓からは、河川敷いっぱいに咲いた彼岸花が静かに揺れていた。

「俺と2人きりの世界はどう?幸せだよね、名前」

名前の可愛い動画が流れたまま、俺は包丁で自分の首をーーー。






end

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