ひそひそ。例えるならそんな擬音語がぴったりだと思う。だけどそれは悪意を含んでいるわけではなく、好奇心からの声だろう。帰宅しようと下駄箱にいた何人かの女子たちが熱っぽい視線を送っていて、その先を辿れば石田三成がいつものごとく不機嫌な表情で歩いているのが見えた。彼はこの学校一の美男子なのだから騒がれるのも無理はない。ただ性格が残念なくらいキツいせいで彼女たちは表立って騒げないでいる。彼の前で騒ごうものなら嫌みの一つや二つ覚悟しなければならないのだ。それも殺傷力抜群の。決して悪い人ではないのだけれど、その性格の所為で彼に敵は多かった。
そんな彼と私は俗に言う幼なじみという関係だ。家が近いこともあり幼稚園、小学校の頃は登下校から何からずっと一緒にいるほど仲が良かった。中学校に入ってからお互い部活やら何やらで忙しくなり、いつからか疎遠になってしまったけれど。そのせいか、高校に入学してからはもうほとんど関わることがなくなってしまった。今の私と彼なんてただのクラスメートに過ぎない。そう思うと少し胸が苦しくなった。彼にとったら私なんてもうどうでもいい人間なんだろう。いや、元から大切に思われていたかどうかは疑問だけれど。
「はぁ…」
思わず漏れたため息と共に、靴に履き替えると私に更なる憂鬱がのしかかってきた。さっきまでは小降りだった雨が本降りになっている。自宅までは歩いて20分ほどだけれど、いくら走ってもずぶ濡れになるのは必至だろう。今日に限って寝坊して天気予報を見なかった自分を恨んだ。友人はとっくに彼氏と帰ってしまったし、置き傘はおろか折り畳み傘もない。雨宿りする気は毛頭ないので、私は腹を括って一歩足を踏み出した。
「待て」
「んぎゃっ」
ぬっと伸びてきた手に襟元を掴まれ引き戻される。驚きの余り可笑しな声が出てしまった。こうも唐突にかつ華麗に引き止められたことなんて、生まれて初めてだ。だけど、この低く凛とした声に私は更に驚いている。と同時に少しばかりの嬉しさと緊張でどうしていいか分からなかった。そしてこんな下校時間真っ只中、しかもあの石田三成がただの平凡な女子生徒に声を掛けている場面を見て、周りの女子の視線が痛い程注がれている。
「な、何か…?」
久しぶりすぎてどう接していいのか分からず、咄嗟に口に出した声は少し上擦ってしまった。彼はほんの少し眉をひそめ、ため息混じりに言葉を紡いだ。
「この土砂降りの中を帰るつもりか」
「そうだけど、」
「傘は?」
「わ、忘れた」
「だろうな」
「…」
呆れたように私を見る三成にチクリと胸が痛む。こうしてまともに口をきくことなんて何年もなかったから、どうやって接していいの分からない。戸惑いを隠すために俯いていると、三成は帰るぞと私の腕を引っ張って歩き出した。冷たい水滴は落ちてこない。どうやら三成が傘を差してくれているようだ。
「えぇ!ちょっと、これ…」
「うるさい」
相合い傘だ、ということに思わず大きな声が出たけれど三成に一蹴されてしまった。ただでさえ緊張していたのに相合い傘だなんて口から心臓が飛び出そうだ。周りの視線を気にする余裕すらない私とは対照的に三成は落ち着きはらっていた。
「…ありがとう」
ようやく校門を抜け、ホッとしたのも束の間。今度は沈黙に耐えられず、何とか絞り出した声は少しかすれていた。
「相変わらず馬鹿だな、お前は」
「ど、どういう意味よ…」
「そのままの意味だが」
言葉とは裏腹に三成は優しい顔をしていた。思いがけず顔が赤くなる。私を見て三成が笑ったから私もつられて笑った。
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