泣き虫だった。今では、もう泣いたことを数える方が難しいけれど、幼い頃はとにかく毎日のように泣いていた。一体何がそんなに悲しかったのかと聞かれても、それは思い出せない。きっと、それほど悲しい出来事ではなかったのだろう。

そんな昔を少しばかり思い出しながら、私は廊下を歩いていた。特に目的はないのだが、今日みたいにどんよりと曇った日は気分が下がるから。前ばかり見ているのも面白くないので、丁度目に入った庭に目を向けた。紫陽花の花が綺麗に咲いていた。

そういえば、私の家族は紫陽花が好きだったような気がする。酷く曖昧にしか思い出せないないのは、もう随分長い間家族に会っていないからだ。そしてその頃から私は泣かなくなったのだと思う。いや、泣けなくなってしまったという方が正しいのかもしれない。

綺麗に手入れされた庭に踏み入るのは少し気が引けたけれど、私はほとんど無意識に紫陽花に近づいていた。曖昧なりにも思い出すことはある。誠実だった父上、優しかった母上、強かった兄上、美人だった姉上。そして、泣き虫だった私。百姓という低い身分だったけれど、それでも幸せだったはずだ。ああ、それすらも思い出せない。

「名前?」
「三成!」

どれくらいそうしていたのだろう。紫陽花に見入っていた私は三成が廊下から呼ぶ声ではっと意識を戻した。刹那、泣きそうになった。彼の全ては私を安心させるのだ。

おおよそ10歳の頃に捨てられた私。あの時あの優しかった母上が泣き虫が治ったら迎えにくると言った一言はまだ鮮明に覚えている。幼かった私は毎日必死に耐えた。いつかきっと迎えにくることを信じて。
今なら私を納得させるための嘘だったと、理解できた。そして秀吉様に拾われ新しい家族が出来てからは、極力そのことを忘れるよう努力した。

三成はそんな私が、唯一心を許している人物の一人だった。心配そうな顔で私のところまでくると苦笑いを零す。そういえば、私は彼が泣いているところを見たことがない。

「雨が降りそうだ、部屋に戻るぞ」
「うん…あのさ、三成」
「何だ?」
「……何でもない」

泣きたいことって、ある?言いかけて止めた。彼には彼の理由があるし、それを知ったところで私には何もできない。


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(昔のことは忘れろ)(そう言った彼も泣きそうだった)
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