愚鈍な輩を相手にするのは疲れる。そう言えば、いつもの如く清正と正則が顔を真っ赤にして憤慨した。
思ったことを口にして何が悪い。
そもそも言いがかりをつけてくるのはあの二人の方であって、毎度くだらぬ戯れ言に付き合わされる俺の方が被害者ではないか。
小蝿のように煩い二人を無視して自室へと向かった。

「…?」

スーハー…スーハー…と聴こえてくる奇妙な音は、どうやら俺の部屋からしてくる。
何の音だ、と鉄扇を構えながらスパンと障子を開ければ見慣れた女が一人。
額を畳につけ、息を吸っては吐いて吸っては吐いてを繰り返している。
呆れてため息が出た。

「何をしている」
「あ、三成さん。おかえりなさい!」
「土下座の練習か?」
「違いますよ!」

顔をガバッと上げ口を尖らせるこの女は二月ほど前に突然やってきた。
秀吉様が言うには遥か未来の日の本からやって来た未来人らしい。
俄には信じられんが、秀吉様が言うからには頷かないわけにはいくまい。
そして、お前さんにはこの娘が必要なんさ!と半ば強引に押し付けられたのだ。
当然追い返すわけにもいかず、側に置いている。

「畳、好きなんです」
「畳が?」
「和室って感じがいいんです」
「理解できんな」

名前は一口に言えば変な女だ。
話し言葉も行動も雰囲気も、何もかも不思議で平和ボケしていた。
俺にとって一番癪に触る、合わない存在で。
初めの頃は口を訊くことさえ煩わしかった…はずだったのに、いつからか名前と呼び名前の言葉に耳を傾け興味を持った。
名前の話は面白い。
聞いたことのないような外国語、未来の日の本の話は特に。

「アイラブ畳ー!スー…ハー…」
「やめろ」
「ふがっ」

再び畳の匂いを嗅ぐ名前の頭を鉄扇で軽く叩けば、何とも間抜けな短い悲鳴が聴こえた。
どうやら鼻を打ったらしい。
鼻を押さえて涙目で睨んでくる名前を見ると、先程までの苛立ちが嘘のように消えた気がした。
何故だろう、穏やかな気持ちになる。

「ひどいですよ、三成さん!」
「行儀が悪い」
「いいじゃないですか、いい匂いなんだもん」
「そういう問題ではない」

少し赤くなった鼻先をさすりながら名前はまたしても俺を睨む。
しかしそれは威嚇にもならないほどの柔い視線。
ふ、と思わず笑みが零れた。
それは自分でも驚く程自然だった。
きっと今、俺は見たこともないくらい優しい顔をしているのだろう。


「三成さん、仕事するんですか?」
「そうだな、今日中に仕上げねばならん」
「じゃあ、私は左近さんのとこにでも…」
「構わん、すぐ終わる」


俺がそういうと名前は、一瞬驚いた後嬉しそうに微笑んだ。
その表情に跳ねる鼓動。
俺とて子供ではなく、この感情が何なのか分からないわけではない。
それを誤魔化すように文机に向かい、筆を取った。
名前は、何をするでもなく部屋の隅に座り俺を眺めていた。
邪魔をしてはいけないという名前なりの配慮なのだろう。
そんな名前に気を遣わせるのが忍びない。
早く終わらせようと、普段以上に筆を走らせた。



「三成さん、終わりました?」
「ああ」

漸く片付いた仕事にふぅと息を吐くと、名前は嬉しそうに近寄ってきた。
余程暇だったのか、頬を膨らまして文句を垂れている。
普段の俺なら出ていけと一言なのだろうが、名前が相手となると怒る気にならない。
それどころか愛しささえ感じる始末。
膨らんだ頬を指先でつつけば、名前は笑顔になった。

「三成さん、肩揉んでいいですか?!自信あるんですよ」
「ほう、」
「信じてないでしょ〜」
「そこまで言うならやってみせろ」

俺の言葉に挑発されたのか名前は腕まくりをして俺の肩に手を置いた。
細い指の割に力強く、自分でいうだけのことはある。
もとより人に肩を揉んでもらうこと自体が初めてだから、比べ用はないのだが。
中々気持ちいい。
不覚にもこの時間が今までに感じたことのない幸福感をもたらした。

「三成さん、どうですか?上手いでしょー私」
「ああ、そうだな。人並み程度には」
「そんなこと言って、実はとっても気持ちいいくせに〜。ちゃんと分かってますよ!」
「…フン」

図星だった。
恥ずかしいやら嬉しいやらで顔を背ければ、名前はケラケラ笑う。
俺のどんな言葉も名前には真意が伝わっているらしい。
少し悔しくなって、もういいと腕を掴んだ。
正面に座るように促せば、怒られるとでも思ったのか不安げな表情だった。

「三成さん…?」
「…」
「あの…迷惑でした?私、普通にうざかったですか?」
「そうではない」

未だ揺れる瞳に耐えきれず、衝動に任せて名前を腕の中に引き寄せた。
驚きで固まる名前をよそに首筋に顔を埋める。
くすぐったい、と名前は抵抗した。
俺らしくもない行動だということは百も承知だ。
躊躇いがちに回された腕が更に俺の弱い部分を引きずり出した。
名前の前では、強がる意味はないらしい。


「名前…」
「…はい」
「ずっと傍にいてくれないか?」
「もちろんです!けど、私肩揉みしかできませんよ?」
「充分だ」

肩なんか揉まなくたっていい、傍に居てくれるだけで俺は救われるのだから。


君シンドローム
(お前が居なければ、きっと生きていけない)
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