──名前…、名前…
毎晩私の名を呼ぶ三成の声が私を夢から呼び戻す。
息苦しい程に胸を締め付けるそれに、たまらなくなって飛び起きた。
乱れた呼吸と頬を伝う涙。
部屋の中は真っ暗で月明かりが障子の影を映し出していた。
シンと静まり返る城内に三成はなく、毎晩聞こえる声も私の幻聴だ。
分かってはいるのに、彼はもうこの世には居ないこと。
「負け組の大将さん」
「名前か」
「私は謝らないよ。悪いのは私の心を掴めなかったあなただもの」
処刑前、三成と会見した私に後悔はなかった。
もともと東軍側だった私は、三成に近づくための間者として送り込まれたくのいちだ。
口が悪く無愛想、利己的で顔だけの男。
裏切ることなど容易かった。
情など移りもしない程度の男だったはず。
だけど、裏切った私に三成は微笑んだ。
その笑みが、私の心をチクリと刺す。
ただの虚勢だ、とその場にいた者は言ったけど私にはそうは見えなかった。
笑みなどほとんど見せたことがない彼は、最期に私に微笑った。
「名前…」
「…」
「最期にひとつ俺の頼みを聞いてはくれないか」
「…何?」
その瞳は、真っ直ぐ私を映している。
「俺の名を呼んでくれ」
「そんなことでいいの?」
「ああ、満足だ。名前」
容易かった。
あの時の私は何の躊躇いも後悔もなく、彼の名を呼んだ。
「…─三成、」
虚しく響いた彼の名前。
彼の死ぬ間際を見ても痛まなかった胸が、今は潰れそうに痛くて。
晒された首を見ても流れなかった涙が、今はこんなに熱い。
「三成、三成…」
あの時の笑みが頭から離れない。
忘れようとすればするほど思い出し苦しくなる。
きっと三成は気づいてたんだろう、私の気持ちに。
いつの間にか三成を愛してしまっていたんだと気づいた時には、もう既に私は迷い込んでいた。
後悔と懺悔の気持ちでいっぱいで、これをどうすればいいのか分からずさまよい続けるのだ。
彼の呪縛の中を。
永縛ラビリンス
(出口なんて創られていなかった)(これが彼が選んだ最高の復讐)
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