彼の放った数学の小テスト(2点)で作った紙飛行機は、窓から勢いよく飛び出して青空を進んでいく。飛ばした本人は頬杖をついて何やら上機嫌に黒板を見つめていた。もちろん黒板には眠気を引き出す呪文のような数式しか書かれていない。先生だって頭が寂しい感じのおっさんだ。彼が喜ぶような要素は何一つ見つからない。私は気になって後ろからこっそり尋ねてみた。
「ねぇ、晋助…何かいいことあったの?」
「聞きてーか?」
「うーん、やっぱいい…」
「実はな、今日は勝ったんだよ。いつまでも調子付かせてやることもあるめー」
「…ふーん」
余程言いたかったらしい晋助は、完全に私の方を向いて誇らしげにそう言った。先生は晋助が後ろを向いたって気にせず数式を書き続けている。早弁してる神楽も、ケータイ弄ってる沖田も、ヘッドフォンしてる新八もまるで無視。完全に独りの世界に入っていた。晋助はそれをいいことに少し声を大きくした。
「もっとリアクションがあるだろうが。ガキの頃からおめーは反応が薄すぎるんだよ」
「だってどうせくだらないことなんでしょ?」
「くだらないことはねぇな、俺にとっちゃァ指折りの名勝負だったんだよ」
「何?喧嘩でもしたの?」
「いや、避けたんだよ」
「…は?」
言っている意味が全く理解できず、聞き返す。すると晋助は、清々しい表情で今日は鳥のフンを避けた、と。いやいや、滅多に当たらねーよフンには。またしても反応が薄い私に、彼は唇を尖らせた。鳥のフンを避けて上機嫌になっている奴にどう反応すればいいの、と逆に聞きたい。
「そういえば、足大丈夫なの?」
「あァ、ヒビ入っただけでたいしたことあるめー」
「いやいや、ヒビとかヤバいって」
3日前、タンスの角に足の小指をぶつけたらしい。何とも痛ましい。こんな事故ばかりで、晋助がドジなんじゃないかと思うけれど実はそうではない。生まれつきそういう体質なんじゃないだろうか。例えば、小学校一年生の遠足では持っていた弁当をカラスに持っていかれた。三年生の時、動物園でゴリラの投げたウンコが直撃したし、四年生ではお気に入りの自転車を仲の良かったヅラに壊された。六年生の修学旅行は高熱を出して欠席。中学一年生で左目にめばちこができて以来、眼帯が手放せないらしい。中学二年生は特に最悪で、放火魔により家が半焼。さすがに晋助も落ち込んでいた。三年の修学旅行はたまたま旅行に来ていた大阪のおばちゃんに無理矢理道案内させられゲッソリして帰ってきた。もう不幸としか言いようがない。高校に入ってからも相変わらず不幸続きだった。けれど、晋助はそれに気づいていない。いや、だから生きていけるのか。私だったらきっと自分の不幸を嘆いてる。
「晋助…これからも頑張ってね」
「あァ?何だよ急に…」
「困った時は私が力になってあげるから」
「お、おう」
窓からの風が気持ちいい。彼はこれから先たくさんの不幸な出来事に立ち向かわなければならないだろう。体質上。頑張ってほしいと思う。
「あ」
見覚えのある紙飛行機が風に乗って窓から飛んできた。確か、先ほど晋助が飛ばした紙飛行機も丁度あれくらいだったような気がする。その紙飛行機は一直線に先生の薄い頭に着陸した。刹那、教室に怒鳴り声が響き渡った。どんまい晋助。
不幸すぎる
高杉晋助
崩壊様に提出!