どん、と背中を鈍い衝撃が襲った。どうやら壁に抑えつけられているらしい。私の家の白い壁が視界にチラついた。一瞬の出来事に私の頭は混乱するばかりだ。掴まれた手首が顔の横で悲鳴をあげていた。痛い、と漏らせばさらにぎりぎりと強く握られる。普段の彼からは想像出来ない程の力だった。灰色の瞳が、じっと私の顔を見つめている。射抜くような視線に顔を背けると、漸く彼は手の力を少しだけ緩めてくれた。

「レギュラス…?」

何も言わない彼の顔を覗き込むと、思いがけなく泣きそうになっている彼と目が合った。初めてみる顔で、私は少しどきりとした。しばらく視線を合わせた後、彼はゆっくりと言葉を紡いだ。

「僕は貴女が嫌いだ」

しん、としている部屋に彼の声はよく響いた。言葉は私を嫌悪しているのに、表情も声音も微かに戸惑いを含んでいる。相変わらず私を壁に押し付けたまま、彼は言う。今度は少し震えていた。

「大嫌いだっ…」

純血主義の彼にはマグル生まれの私は恥ずべき存在で、学生の頃から嫌われていることは知っていた。顔を合わすと眉間にシワを寄せたし、話しかければ容赦なく嫌そうな顔をした。それでも私のことを完全に無視しないのは、彼の礼儀正しい性格のせいだろう。いくら嫌われていたって私はそんな彼が嫌いではなかった。

「殺そうと思えばすぐ殺せたのに、出来なかった」
「…レギュラス…」
「貴女を見ると、何も出来なくなる」

俯き黙ってしまった彼と私の間に再び沈黙が訪れた。泣いているのかもしれない。微かに震えている肩を見て私はそう思った。一体、何が彼を追い詰めているのだろう。考えて、はたと思い浮かんだ。

「…私を殺しに来たの?」
恐る恐る尋ねると彼は小さく首を振った。違うのなら何故。

「お別れを、言いに来ました」
「おわ、かれ…?」

また少しギュと強く手首を握られた。未だ俯いた彼が一体どんな表情をしているのか分からない。彼と私の間に別れを告げに来るほどの関係はなかったはずだ。そもそも私はマグル生まれで、彼は純血主義で死喰い人だ。云わば、敵同士。困惑する私に彼は顔を上げて言った。

「最後にどうしても貴女の顔が見たかった、触れたかった…僕、貴女が大嫌いだった…だけど…」

灰色の瞳が哀しげに揺れる。そして、触れるだけのキスをした。またしても一瞬の出来事に私の頭が追いつかない。ようやく触れた唇に残る熱の意味を理解した時には既に私は解放されていて、彼は扉の所にいた。

「待って、レギュ…」
「…さよなら、」

振り向きもせずに彼は去っていってしまった。レギュラスが居なくなった部屋で私はただ一人、手首に残る赤い痕を見つめて涙を流した。


君は何を言おうとしたの
(その後しばらくして彼が死んだということを知った)(手首の痕は消えてしまったけれど、私はまだあの時の彼を鮮明に覚えている)

back
ALICE+