小屋

好き勝手に書き散らす自由帳
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2022/09/18 19:56

ドクスト3話
小学一年生



「せんくー……」
「……テメーの親父さんか?」
「ち、ちがう」

 楽の顔と掴まれている腕を見て訝しげに眉を顰めた千空は、腕に引っかけたビニール袋をガサガサいわせながら近付いてきた。ネギやらなにやらが飛び出しているそれを見て、そういえば父親と2人暮らしだと言っていたなと現実逃避の思考が過る。
 第三者の登場に不審者は一瞬動揺したが、楽とそう変わらない千空の姿にすっかり油断したようだった。それもそうだろう、大人から見たら小学生になりたての子供など何人集まろうがそう変わらない。
 しかし楽は違った。楽にとって千空とは、隣の席であり、小学校にあがって初めてできた友人であり、そしてとっても賢い男の子だ。知らないことは学べばいい、分からないことは調べればいい、出来ないことは出来るようになればいい。前向きの権化のような男。
 そんな千空に既に全幅の信頼を寄せている楽は、もう大丈夫だと思った。千空が来てくれたからもう大丈夫。同い年の少年に対して重すぎる信頼だし、この場において千空も危ないことは分かっているのに、それでも。
 ぼろぼろと泣き出した楽にぎょっとした千空はポケットから手を出して駆け寄ってくる。それにまた涙が止まらない。

「お友達かな? 今この子に道を訊いていたところなんだけど」
「ほーん。とりあえず手離してやれや、未来ある子供泣かすのがご立派な大人のすることかよ」

 小学生男子に正論で噛みつかれ、さすがに不審者も怯んだようだ。
 その隙に拘束から逃れる。それだけでも十分に余裕が出てきたが、隣に千空が並んでくれた安心感が大きい。ぐしぐしと目を擦りながらぶつかるように距離を詰めるとぶっきらぼうに頭を掻き撫でてくれた。

「で? ご立派な大人サマがなんの用だ?」
「郵便局の場所を知りたくてね。地図を見ながら教えてもらおうと思ったんだ」
「ほぉ、よっぽどチャチな地図じゃなきゃ郵便局くらい載ってると思うけどなァ。小学生のガキ相手にも確認を怠らないたぁ勤勉なこって」

 未だ諦めるつもりのないらしい不審者に対し、普段の口の悪さ全開で答えた千空はおもむろに道の端へと歩き出す。
 不審者も手を引かれた楽も千空が何をするのか全く読めない中、

 ピンポーン

 千空は立ち並ぶ家のインターホンを戸惑い無く押した。

「え、」
「生憎、俺らはピカピカ小学生のガキだからな。ムズカシイことは分からねぇんだわ。こりゃ大人の力を借りるしか無ェ」

***

「相手に遠慮とかしてんじゃねぇ。こちとらお子様だぞ、怖いと思った時点でインターホン押しまくれ。指一本で出来る超絶お手軽な防犯だ」
「うん」
「あー、まぁなんだ、百億パーセント悪いのは向こうだ。テメーはなんも悪くねぇ。ただこのご時世どうしても自衛は大事だっつー話でだな」
「うん」
「あ“ー……怖かったな」
「うんんんん……!!」

 縋るように握った手を解くことなく歩く千空に甘え、とぼとぼ歩く帰り道。
 すんすんと泣き止まない女子など面倒くさいだろうに、こちらへの気遣いを感じられる言動に余計楽の涙は止まらなかった。
 ガサガサと音をたてるビニール袋。父親が今日は帰りが遅いという話を聞いて、お礼も兼ねて夕ご飯を食べていってほしいということで落ち着いた。すぐ近くだからと迎えを断った祖父母は、しかしきっとこちらに向かっていることだろう。

「千空、ありがとう」
「クックック、泣いたり笑ったり忙しい奴だな」
「女の涙は安売りしちゃいけないってお母さんが言ってたのよ」
「大盤振る舞いじゃねーか」


20220918
Category : ドクスト
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