小屋
好き勝手に書き散らす自由帳
(←戻る)2022/09/29 22:32
ドクスト4話
小学一年生おわり
自覚両片思いまで。駆け足!満足!
きっとこれが恋という感情なのだ。そう思った楽の行動は早かった。
「千空! 好きなのよ!」
「……あ?」
いつもの放課後。河原に向かう途中で荷物を分け合って運んでいる途中。
唐突も唐突な告白をムードの欠片もないシチュエーションでぶちまけた楽は、千空が面倒くさそうに表情を歪める間もなく再び口を開いた。
「けど、千空が今恋愛に興味ないのも知ってるのよ。だから彼女とか結婚とか考えるようになったら、私を候補にしてほしいの」
「あ“ー、なるほど?」
「意思表示は大事でしょ? 千空の言う合理的なのよ」
「概ね同意だが、オメーいいのか? 自分で言うのもアレだが、俗にいう都合のいい女ってやつじゃねーかそれ」
「いいのよ!」
「いいのか……? まぁおありがてぇこった」
甘酸っぱい筈の初恋と告白をこんな感じにさらっと流し、尚且つ初恋相手にそこそこ頭を抱えさせた楽は、変わらずご機嫌に音楽を愛し、千空の実験を楽しみ、充実した小学校生活を送っていた。
あまりに変わらない楽の態度に千空の方が戸惑いを覚えたくらいである。好きとはなんだっただろうか。科学少年には哲学を考える時間など無かったため、この疑問は3秒後にはまぁいいかと捨て去られることになる。
***
特に何の記念日でも無かった。お互いの誕生日でも、クリスマスでも、バレンタインでもない。
強いて言えば、秋も深くなり高い空が綺麗だったことを覚えている。
「千空、今日は何の実験?」
「クックック、今日は楽しい楽しい工作のお時間だ」
妙に機嫌のいい千空に連れ出され、今日も今日とてお馴染みの河原に繰り出す。
がしゃがしゃと並べられた粉なんだか粒なんだか分からないものやら砂にしか見えないものやらを興味深く眺める楽の隣で、千空はカラーチャートを取り出した。
「色は何色が好きだ?」
「色? これ、この色。夜空みたいで綺麗なのよ」
「夜空ねぇ。ちなみに宇宙はベージュだっつー話だぞ」
「えぇ? そうなの? なんで?」
数種類の砂だか粉だかを混ぜ合わせて熱しながら、宇宙の平均色の話を聞く。千空の口から語られる科学は未知の世界で、千空の手から生み出される科学もまた未知の世界だ。知らないことをこんなにも面白く教えてくれるこの時間が楽は好きだった。
どろりとした透明なものに、黒っぽいものを混ぜると綺麗な夜空の色になる。それを丁寧に棒状の型に入れて、何かキラキラしたものを並べて入れた。
「ポラリス!」
「クックック、100億満点正解だ。最近覚えたやつな」
ポラリス、つまりは21世紀の北極星。綺麗に並べられたそれは北斗七星とは似ているようで少し異なる形、つまりはこぐま座の形をしていて、その中でも一等輝くのは楽のお気に入りであるポラリスだ。
余談だが、楽が夜空の色を好むのは最近千空先生による星座講座を受けているからである。
ここまで来ればこの工作の時間で何を作っていたのか一目瞭然だ。夜空の中にこぐま座が輝く、ガラスで出来た簪。太陽の下でキラキラと光るそれは、今この場にいなければ売り物だと言われてもなんら疑わない――とまでは言わないものの、楽の目には何よりも宝物のように見えた。
「きれー……」
「気に入ったか? そりゃよかった、ほれ」
「え、くれるの!?」
「じゃなきゃ何のために作ったんだよ」
え、あ、うん? とわたわた慌てる楽の手にぽいっと渡された簪。深い夜空色は太陽に翳すと淡く透けて、キラリと輝くこぐま座が綺麗で。
ほわぁ、と両手で持ったそれを覗き込んだり空に向けてみたりと忙しい楽をしばらく満足そうに眺めていた千空は、あ“ー、と頭をガシガシ掻くと、楽、と改まって少女の名を呼んだ。
千空に呼ばれたことを認識した少女はくるりとそちらを振り向く。彼女は千空のことが好きだ。千空の声も好きだ。彼の声で己の名前を紡がれれば、素直に耳を傾ける以外の選択肢など存在しない。
「1週間」
「うん?」
「この1週間、オメーのことが頭にチラついて非効率なことこの上無ェ。こうなったらこの恋愛脳は認めちまった方が合理的だ」
「うん……?」
「俺もお前のことが好きだ。でも今は恋愛する暇もお付き合いする時間も無ぇ」
真っ直ぐな視線と共に伝えられたその言葉に、ぱちぱちと瞬いた楽はそれはそれはにっこり微笑んだ。
「なら私はずっと千空のこと好きで待ってるのよ!」
「クックック、あぁ待ってろ。選ぶ時が来たら俺は必ず楽を選ぶ」
にこにこと嬉しさを全身で惜しみなく表す楽の姿に、思わず千空にも笑みが浮かぶ。
幼い子供同士の拙く微笑ましい約束は、小指を絡めることはしなくともこの先幾千年と続いていくことになる。
20220929
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