「ぅ、わぁ……?」
「なんつー危機感の無い悲鳴してんだ」
ガクン、と全身が落ちたかのような感覚。
夢から覚めるときによくあるやつだ、と自分が寝ていたことは自覚したものの、手足が本当に投げ出されていくのでさすがに希子はぱちりと目を開けた。
そのまま頭もかっくり落ちたところで落下は止まる。ちょうどお腹を何かに支えられ身体がくの字に折れているのが分かったところで、その支えてくれている何かが呆れたように言葉を投げかけてきた。
そうだ、作戦室だ。カタリコトリと回り始めた思考回路で考える。各々が好き好きに物を置いている為片付くことのないこの部屋は、困ったことに心底落ち着いてしまうのでぐっすり眠ってしまうのだ。
ほぼほぼ落ちている身体をソファの上に戻しながら大きな欠伸をひとつ。
「おはよー、ナイスキャッチ」
「はよ。どうせ落ちると思って待機してた」
「さすが公平。交代まであとどんくらい?」
「二十分」
二十分前なのに出水以外の人間がいないというのも如何なものか。残念ながら太刀川隊では通常運転である。
どうせ任務が近くなったら誰かしらが起こしてくれるだろうと目覚ましをかけなかった希子だが、中々に丁度良く自力で目覚められたようだ。寝相はよろしくなかったが。
「んー、ちょっと歩いて目覚ましてくる。公平なんか飲む?ナイスキャッチのお礼」
「やりぃ。コーラ飲みたい、ゼロじゃないやつ」
「姫廻了解ー。私知ってる、こういうの『情けは人の為ならず』っていうんでしょ」
「おー。希子ほんと賢くなったよなぁ、偉い偉い」
「ふふー、でしょ?」
出会った頃を思い出すように言う出水に希子はにんまり笑う。あの頃はまだ色々と世間知らずだった。
わしゃわしゃと頭を撫でてくる出水を始め、たくさんの人が面倒をみてくれて今では立派な女子高生だ。人間成長できるものである。
「どこぞの槍バカも見習うべきだよな。あいつ絶対間違えて覚えてるって」
「『為に成る+ず』じゃなくて『為なり+ず』だから、人の為にならないって意味にするなら『情けは人の為なるべからず』ってなるんだよ」
「お前そういうのどこで覚えんの?」
「うぃきぺでぃあ」
ぐぐっと両腕を伸ばして立ち上がる。なんとなく足元がふわふわしている気がするのはまだ目が覚めきっていないのだろう、本当にこの作戦室は気が抜けて困る。出水しかいないし。
転ぶなよ、という生温かい言葉に見送られて作戦室を後にすると、希子は一番近い自動販売機へと足を進めた。銘柄がなんだったか覚えていないが、まぁ青い自販機のコーラでも許してもらえるだろう。ゼロじゃないだけで赤いやつとは言ってなかったし。
そんなことを思っていると、目に入ってきたのは赤い自販機だった。これは当たりだ、元祖を買える。
自分も何か買おうか、最近コーラ飲んでなかったし出水に乗ってもいいかもしれない。コーラじゃなくても何か炭酸だったらシュワッと目も覚めるだろうし。
ポケットに入れておいた五百円玉を取り出したところで、ふいに生まれた左肩あたりの気配を希子は咄嗟に叩き落とした。
「いって」
「とりまるじゃん。何してんの」
「姫廻をからかおうとして失敗した」
「正直かな?」
肩を叩こうとしたにしては妙に人差し指が立っているところをみるにあれだろう、振り向くと指が頬に食い込むやつ。小学生が大好きな悪戯だ。
「珍しいね本部にいるの」
「野暮用でな。姫廻はパシりか?」
「違いますぅ。公平への貢物ですー」
「パシりだろ」
五百円玉を投入し、光るボタンを押してコーラを購入する。ガコンと落ちてきたそれを取り出して、やっぱり同じのでいいやともう一度同じボタンを押すと横からにゅっと指が伸びてきた。
「おいこら」
「見てたら飲みたくなった」
「仕方ない、とりまるにはいつもお世話に……あ、ねぇ先週の古典と数学のノート写させて」
「交渉成立だな。今貸してもいいけどどうせなら玉狛でやるか?最近顔見せてないだろ、陽太郎が寂しがってたぞ」
「それはいけない。ちなみに夕飯の当番だれ?」
「小南先輩」
「よしご飯までに行く」
「お前先輩のカレー好きだよな」
「玉狛のご飯はなんでも好き」
「はいはい」
希子にとって玉狛は実家のようなものだ。嬉しい予定が出来たことにぴょんと一つ跳ぶ。烏丸が呆れたように見てくるがいつもの事なので全く気にならない。
これは任務後の楽しみが増えた。その前にノートを写さないといけないけれど、学生の本分は勉強なのだ。仕方ない。
取り出したコーラのうち一つを烏丸に渡しカコンとぶつけると、じゃぁまた後でねーとご機嫌に希子はその場を後にした。時計を見ると交代まであと十分。さて他のメンバーはちゃんと集合しているだろうか。
20191225