携帯が奏でる音によって意識が掬い上げられた。
断続的に続く電子音は重い頭の中に無理矢理割り込んできて、思わず眉を顰めながら半ば反射的に右手を音の方へと伸ばす。
掴んだそれの画面を適当に弄り、静かになったところで寝返りを打とう、としたらガクッと頭が急に落ちそうになった。次いで足や他の部分も落ちそうになったところで、うぉっという声と共に何かに背中を支えられる。
そこで漸く希子は自分が隊室のソファで転寝していたことを思い出した。さすがに小さな子供でもない自分が寝返りを打てるほどこのソファは大きくない。中途半端に投げ出された頭や足を元に戻す。
「ありがとー公平。焦った」
「おはよ、ちょっとは寝れたか?」
「ん、おはよ」
落ちないよう咄嗟に支えてくれたのは出水だった。ソファに寄りかかるようにして座り込んでいた彼に礼を告げて目の上を軽く抑える。奥から響いてくるような頭痛がどうにも気持ち悪い。
今の時期は試験期間真っ只中で、中学生高校生が多いここボーダーでは少しばかり空気が変わる。変わるというか、単純に学生たちが忙しなくなるのだ。試験期間という言葉だけで理由としては充分だろう。
故に例えばランク戦がいつもより疎らだったりロビーで勉強しあう姿が見られたり、後は防衛任務のローテンションが変わったり。そういったことが起こるのがこの時期特有だ。
高校生である希子はと言えば、丁度今日で全ての試験を終えたところだった。ただ試験勉強の為に寝不足なのではなく彼女の場合は少し事情が違って。
元々希子は勉強が得意だ。普段からしっかり予習復習を行っている、所謂試験の為の勉強を必要としないタイプである。
ただ、試験が近いからと学校から出される課題が多かったこと、それと重なるように任務が立て続けに入ったこと、そして極め付けは試験期間故の穴あき防衛任務ローテーションの穴埋めに調子に乗って頼まれるがままに入ってしまったこと。それらが重なって気付けば眠気が最高潮だったのだ。
意地で学校は乗り切ったものの、ボーダーに来て隊室に辿り着いたらもうそのままソファに倒れ込んだ。ぎりぎりで携帯のアラームだけはセットして。
「皆は?」
「太刀川さんはランク戦、柚宇さんはオペレーター会議」
「じゃぁそれは柚宇さんからの任務か」
「そ、レベル上げ中。唯我はまだ来てねぇんだけどあいつサボりじゃねーだろうな」
「後でスタンプ連打してやろ。ちょっと目覚ましついでに飲み物買ってくる、公平なんか飲む?」
「あ、じゃぁコーラ」
「姫廻了解ー」
同じ学校である出水も国近も試験が終わった身だ。久しぶりに勉強を気にすることなくゲームが出来ると思ったら会議が入ってしまったなんて、さぞ国近の機嫌は急下降したことだろう。
思いきり両腕を伸ばして立ち上がる。まだ少し身体がふわふわしている感覚。
転ぶなよ、とからかい混じりの声に見送られて希子は隊室を後にした。
自動販売機の前で、何を買おうかぼうっと考える。出水のコーラは温くしてしまうので後回しだ。
なんとなくコーヒーの気分ではないし、かと言って甘いものを飲みたいわけでもないし。小さく首を傾げながら邪魔にならないよう少し離れたところから並ぶ缶たちを眺めていると、ふいに後ろから肩を叩かれた。
ぼんやりとした思考回路はそれにとても素直に反応する。くるん、振り向く。同時に頬に突き刺さる人差し指。
「…何がしたいのかなとりまる君」
「どうしたんすか、ぼーっとして」
相変わらず真顔でお茶目をやらかしてくれる後輩である。さらりとこちらの疑問を流してくれるところも流石だ。本部で会うのは珍しい、いわく提出書類があったのだとか。
「京介なに飲みたい?」
「いいんすか、じゃぁコーラで」
「男子高校生はコーラが好きだね」
「姫廻先輩もコーラにしましょうよ、なんか迷ってたみたいだし」
「いつから見てたの?」
「割と前から」
寝起きで炭酸か、と思わなくもないが確かに決まらないなら乗っかるのも手だ。目は覚めそうだし。もうすぐ防衛任務もあるし。
小銭を入れて同じものを3つ購入する。あざす、と頭を下げる烏丸に1つ渡して、自分は出水と飲もうとプルタブはそのままにした。
「京介もう帰るの?」
「はい、バイト入ってるんで。」
「そっか残念。また遊び行くね」
「レイジさんが飯食いに来いって言ってました」
「おぉぜひ」
カコンと缶同士をぶつけて手を振り別れる。
そういえば唯我にスタンプを送らなければならないのだった。何を送ろうかなぁと携帯を弄りながら、コーラ2缶を片手に希子は隊室へ戻るべく足を進めた。
20160604