「なんでこんな近くで戦闘が起こってるんだ!?」
「街は安全な筈だろ!ボーダーは何をやってるんだ!」


警戒区域と市街地の境目辺りに大量の近界民が出没した。
すぐさま本部待機していたA級の隊員たちが現場へと向かい、周辺を巡回していた嵐山隊はいち早く戦闘を開始したが、木虎は念の為にと市街地の方へ来ていた。万が一とり逃した近界民が市街地に入ることのないよう、また必要に応じて避難誘導をするようにと嵐山から命じられた為だ。
三門市の人間は爆音や閃光に最早慣れてしまっている、がやはりそれは危険が自分に降りかかることはないという前提があるからで。身近に感じた近界民の恐怖によって生じた混乱は怒りという形になって木虎へぶつけられた。
理不尽だとも思わなくはない、が市民を守ることがボーダーの責務だ。気が強く物怖じしない木虎は広報も担当している身であり、一般市民を前に冷静な態度を崩すことはなかった。
警戒区域の外に近界民が出ることがないよう精鋭たちが対応にあたっていること、自分は万が一の為にここにいること、いざという時は避難に協力してほしいこと。それらを淡々と説明する。
落ち着いて対応する彼女の態度は正しいものだったが、一度怒りに熱くなった大人たちの頭は中々冷えない。元々気の長い方でもない木虎がこの現状に若干苛立ちを感じ始めたのと同時、聞き慣れた声が彼女の耳に届いた。


「木虎ちゃん!」
「…姫廻先輩?」


ざわり、と周囲がどよめいた。
それもそうだろう。振り向いた木虎の視線の先にいたのは、二の腕あたりから下を失った左腕を右手で庇うように抱いている希子だったのだから。
トリオン体である彼女は勿論実際に怪我をしているわけではないし、傷口から漏れているのは赤い血ではなく黒い霧状のトリオンだ。
しかし見慣れている木虎と一般市民は違う。ざわついた後妙に静かになった空気の中、場に似合わない明るい声で希子が駆け寄ってくる。


「もう向こうは終わったよ。ごめんね、1人でこっち任せちゃって」
「いえ、お疲れ様です」
「何もなくてよかった、木虎ちゃんなら大丈夫だとは思ってたけど心配だったから」
「ありがとうございます、ですがご心配には及びません。」


周りの空気には気付いている筈なのに、妙な明るさを保ったまま自分にだけ話しかけてくる希子に木虎は内心で首を傾げた。
姫廻希子という隊員は、木虎にとって憧れの先輩だ。A級一位の隊に所属している実力、そして誰とでも打ち解けられるコミュニケーション力。ボーダーの中で彼女を悪く言う人をみたことがない。
特別明るいだとか人懐っこいだとかいうわけではない。どちらかと言えば空気を読んでこちらの望む対応をするところがこの人の凄いところだと木虎は思っている。
そう、そんな彼女だからこそ。なんとなく今違和感があるのだ。希子だったらすぐさまこの場を収めるだろうし、そもそも通信で事足りるのにわざわざ迎えに来てくれるのも不自然だ。


ただ、そんな木虎の疑問はすぐに解決した。


「心配くらいするよ、木虎ちゃんは強いけどボーダーである前に中学生の女の子なんだから」


にこりと微笑んだまま紡がれたその言葉に、先程まで文句を言っていた大人たちの表情が変わったのが分かった。
これか、この人の狙いは。
途端にばつが悪そうに視線を逸らす一般市民たちに、何も気付いていないかの様子で希子が今更にもう大丈夫ですと言葉をかける。ご心配おかけして申し訳ありませんでした、そう言う希子に大人しく帰って行った人々を見て、木虎は静かに口を開いた。


「すみません、私が不甲斐ないせいでご迷惑をおかけしました」
「違うよ、ちょっと私が我慢出来なくて大人げないことしちゃっただけ。巻き込んでごめんね?」
「…もしかして、その腕も?」
「あれ、バレた?」


アステロイドでちょろっと。そう言って悪戯っぽく笑う。
おかしいと思ったのだ、この人が近界民相手に片腕を失うなんてあまりあることではない。他には全く損傷していないし。
恐らく少し前から様子を窺っていたのだろう。希子なら普通に言葉だけでこの場を収めることも出来た筈だ、しかし片腕が無い姿で登場することで場の空気を変え、木虎との会話により間接的に大人たちを黙らせた。
大人げないこと。希子はそう言った。恐らくその通りなのだろう、それでも。


「ありがとうございました。その…嬉しかったです」
「そう言ってもらえたら助かるな。他の人には内緒ね?怒られちゃう」


その後嵐山隊と太刀川隊が2人を迎えに駆けつけ、何かしら察したのであろう太刀川と出水に希子がわしゃわしゃと頭を撫でつけられることになるのだが。
助かりました。その言葉を飲み込んで素直な気持ちを伝えれば、希子はまた悪戯に笑った。




20160606