夕方から唐沢の仕事に同行することになっていたのだが、先方の都合で延期になったと先程連絡があった。急にぽっかりと空いた時間に希子は自室のソファへぼすんと身を沈める。
唐沢は単なる高校生である希子のことを買ってくれており、よく仕事へと同行させる。本気か冗談か、戦闘員を引退する際にはオペレーターではなく自分の助手になってくれないかと言う程だ。
A級一位隊という立場と高校生という若さが営業に役立つこともあるし、何より高校生とは思えない対人能力と頭の良さが希子を買う理由だと唐沢は言う。それを無邪気に信じられる程自意識過剰にはなれなくとも、そう言ってもらえるのは有難いし自分が役に立てるならば嬉しい事だ。
カーテンの向こうに見える空は夕焼けに染まっていて、ぼんやりとそれを眺める。この時間に自室にいるのは久しぶりかもしれない。
(夜ご飯どうしよっかなぁ)
一人暮らしだとどうしても食が疎かになる、と言い切ってしまうと怒られてしまいそうだが、自分の為だけに食事を作るとなるとどうしても手抜きになりがちだった。人を招いて食事をする楽しさを知っているから余計に。
とりあえず米だけでも炊いてしまおう。後はシャワーを浴びながら考えればいい。
そう思って腰を上げるのと、ポケットの中の携帯が振動を始めたのはほぼ同時だった。中腰の中途半端な体制で一瞬固まった後、画面をスワイプしてまたソファに腰を下ろす。
「はい、姫廻です」
『相変わらず第一声が固いなー姫』
「隊長への敬意ですよ。太刀川さんちょっと酔ってます?」
『バカお前酔ってねェよ』
「おぉ、ちょっとじゃなくて大分酔ってますね」
酔ってねェって。否定を繰り返す太刀川だが、酔っ払いとは得てして自分が酔っている事実を否定するものだ。そんな太刀川にゆるりと頬が緩む。
電話の初めこそあんなやりとりだったものの太刀川は希子にとって気の置けない相手で、携帯片手に身体の力が抜けた。柔らかいソファが心地いい。
『今どこだ?』
「部屋ですよ。太刀川さんの周りは随分賑やかですね?」
『そーなんだよな、お前が来たらもっと楽しいと思ってよー』
「私が行ってもいいメンバーなんです?」
『お前俺の誘いを断るってかコラァ』
「もうちょっと穏やかに誘ってくださいよ」
電話越しの太刀川の声の向こう側はざわざわとしていて、太刀川の様子からも居酒屋にいるのであろうことが容易に想像できる。
苦笑しつつも希子の中で既に断るという選択肢はない。場所を聞こうと思ったところでどうやら誰かが太刀川の携帯を奪ったらしく、何やら太刀川の文句が聞こえたかと思えばそれが遠退き代わりにこれまた知った声が届いた。
『よう姫廻』
「諏訪さん?お疲れ様です。」
『おうお疲れ。お前今日の仕事無くなったんだろ?』
「あれ、情報が早いですね」
『たまたまさっき唐沢さん単独で見かけて、じゃぁ姫廻は暇してんじゃねーかってなったワケだ。前と同じトコだから来いよ、今日は東さんもいるぜ』
「!行きます!」
『お前東さん好きな』
「諏訪さんも好きですよ」
『ハイハイ、お前んトコの隊長がメンドクセーからそういうのは内密に頼むぜ』
じゃぁな、という声と共に通話が途切れる。
こうして自分を気にかけてくれる存在がいるのはとても幸せなことだ。予想外のところから埋まった夕飯の予定に、着替えようと腰を上げた希子の足取りは軽やかなものだった。
20160606