「「あっ三上先輩」」
「うげっ」



武蔵森の朝は早い。
正確に言えば武蔵森中サッカー部は朝早くから朝練があり、普通の生徒が起きたり支度をしたり登校をしたりしているであろう時間帯には、既に運動後のシャワーも朝食も済ませて各々自由な時間を過ごしている。
三上もその1人であり、パソコンのニュースを眺めながら始業までの時間を有意義に過ごしていた、のだが。
どちらかと言えばリラックスしていたと言えるであろう三上の表情は、通路の向こうからやってきた男女のペアを見た途端それはそれは盛大に歪んだ。



「三上先輩何見てんスか!?エロいページだったりして」
「さすが歩く18禁…朝っぱらから不健全ですね!」
「だぁぁぁ!うるっせぇ!」
「「ギャン!!」」



ゴツンと鈍い音が2発。
子犬がじゃれつくかのように自分の周りにちょろちょろと寄って来た後輩2人の頭に、三上は容赦なく己の拳を叩きつけた。
いや、片方は女子。そこは一応、本当に一応手加減はしているのだが、それでも恨めしそうに涙目で見上げてくるところを見るとそれなりに痛かったらしい。
しかしもう片方、つまり本気で殴られた藤代はと言うと未だに床で悶絶しているのだから、どれ程手加減したかは分かるだろうと三上はそこはかとなく感じる罪悪感を揉み消した。



「三上先輩酷い!可愛い後輩に対してー!」
「そうっスよ!馬鹿になったらどうしてくれるんですか!」
「もう2人共手遅れだろうが」
「「酷い!!」」
「あーうるせー」



「朝から元気だな」



再びギャンギャンと吠え始める2匹もとい後輩2人に片耳を塞ぎながらパソコンをシャットダウンする。
そろそろ教室に向かおうか、それよりもまずこの2人をどうしようかと頭を悩ませ始めたところで、耳に入って来たのはまさに天の助けと感じるほどの声だった。



「渋沢」
「あっキャプテン!」
「おはようございまーす!」
「おはよう。どうしたんだ?」



途端に元気よく渋沢へ駆け寄っていく2人に、助かったと言わんばかりに三上は大きな溜め息を1つ。
どうしたもこうしたも朝からコイツらうるせぇよ、と漏らせば、苦笑しながらも自分より上手く後輩を扱う渋沢にやはりこれがキャプテンの素質かとよく分からないことを考え。
それより渋沢が朝ここに来るのは珍しいなと口にすると、そうだと何かを思い出したように渋沢は己の腕にじゃれついている莉子を見下ろす。
その視線に気付いた莉子は小首を傾げ、次いで藤代と目を見合わすと渋沢の腕から手を離した。



「森泉、今日の部活のことなんだが」
「はい」
「コーチが1人しかいないんだ、監督も用があって。だから紅白戦をしようと思う」
「分かりました、じゃぁビブス出しておきますね」
「頼む」



はい!と笑顔を向ける莉子の頭をぽんと撫でれば、その表情は嬉しそうにへにゃりと緩む。
見えない尻尾が振られてそうだ、と眉を下げる渋沢の後では、莉子ずるい俺も!と騒ぐ藤代に2度目の鉄拳が落とされていて。



「紅白戦だって、誠二がんば!」
「おう!三上先輩には負けないもんね」
「言うじゃねぇか、このバカ代が」
「仲良いのはいいが、森泉は校舎遠いからそろそろ行った方がいいんじゃないか?」
「あっ」



大きく手を振り走っていく莉子、振り返す藤代、溜め息をつく三上に苦笑する渋沢。
これから学生の義務である授業という名の時間がやってきて、たまにオアシスである休み時間を挟みながら、放課後を迎え。
部活をして、騒がしく夕食を食べ、1日が終わり。
そしてまた同じようで違う朝がやってくる。



そんな、どこにでもあるようで無いような、そんな武蔵森サッカー部の中学校生活は今日もこうして流れていく。






20110906