あたしは理科が好きだ、化学という世界が好きだ。
机に向かって化学式を解くのも楽しいし、実際に様々な試薬や用具を使って実験をする時間なんてたまらない。
黒い粉を炎に加えるだけで鮮やかな青緑色が現れたり、日常にありふれている物質が少し手を加えるだけで劇薬に変化したり。
なんて綺麗な世界だろう。数学の先生は数字の世界が綺麗で感動したって言ってたけれど、私にとっては化学の世界がまさにそれで。



「不破くん不破くんっ」
「む?またお前か」
「うん。あのさ…」



先生に話をふればまだ早いと一笑され、友達には分からないと怪訝な顔をされ。
物足りなさを感じていたあたしの日常にそれこそ化学変化みたいな色を加えたのは、偉い学者さんでも研究一筋のお爺さんでもない、単なるクラスメイトの彼だった。



***



(んー…)



学校での理科の時間、酸化銀をつくる実験。白く輝く銀の粉をガスバーナーで熱していけば黒くなりますよという、なんとも単純な作業で。
黒くなるのは、銀が酸化銀になったから。酸素がくっついて違う物質になりました、ただそれだけ。
電子について何も触れなければ周期表すら教えてくれない授業に、あたしはだんだんと物足りなさを感じていた。
中学校ではこのレベルだと、そう言ってしまえばそれまでなのだけど。
所謂ゆとり世代、ゆとり教育の賜物。



「莉子ちゃん何やってるの?」
「や、銀の炎色反応が調べても出てこなかったからさ。試してみようかなって…」
「えんしょく…?止めなよ、先生に怒られるよー?」



ぱらぱらと余った銀の粉を摘みながら溜め息をつくと同時。
そう、一から十まで決められたことだけをこなすことに退屈を覚えていた、その時だ。
普通に、本当に普通に実験を行っていたあたしの後ろから、数秒にも満たない短い間だけ眩しい光が生じて。
そして次の瞬間、それなりに大きな爆発音と共に色々なものが実験室内に飛び散ったのは。



「不破、またお前は!私だけじゃなくクラスメイトまで怪我させおって!!」



当然中止となった理科の実験。
突然意味も分からない爆発に巻き込まれて決して大きくはない怪我を負ったあたしは、保健室で手当を受けた後何故か先生とクラスメイトの男の子と一緒に生徒指導室へと連れて行かれた。
顔を真っ赤にして怒っている先生と、我関せずといった感じに堂々と座っている彼。
不破大地くん。少々変わり者として有名な人だ。



そう言えば、いつかも小さな爆発を起こして先生を怒らせていたかもしれない。
今回の爆発と不破くんを結びつけたあたしは、相変わらずどこを見ているのかも分からない不破くんにぎゃんぎゃんと怒鳴っている先生の声など耳にも入らず、胸の奥がわくわくしてくるのを感じた。



「ねぇ不破くん」
「む?」
「おぉ、そうだよな森泉。お前もちゃんと不破に謝ってもらわないと…」
「さっきの爆発はどうやったの!?」



ずるり。
隣で盛大に先生がコケたような気もしたけど、そんなの目に入らなくて。
目の前の彼が、中学生のあたしたちでも使えるような薬品や用具しか存在しない実験室で爆発を起こしてみせた。
その事実がこれ以上なくあたしの胸を躍らせて、きょとんとしている彼を質問攻めするようになって。
それからというもの、あたしと不破くんは主に一方的なおしゃべり仲間となったのだ。



***



「な、なるほど…沈殿と色で判断するんだ」
「これくらい考えれば分かるだろう」
「残念ながら分からないんだこれが」
「何故だ?」
「馬鹿だから」
「そうか」



悲しきかな、不破くんと比べたらあたしは馬鹿としか言いようがない。
だって彼は、先生がまだ早いと一笑するような問題にだって答えをくれるし、理科以外の教科だって軽々と満点をとってみせるのだから。
にへ、と笑ってみせるとそんなあたしの顔を暫く見つめた不破くんは、次いで視線を上へと滑らせて。
またあたしに視線を戻す。



「?」



そして、ぽん、と。
片手を頭の上に乗せてみせた。



「どうしたの不破くん」
「いや、何となくこうしてみたくなった」
「そう?」
「嫌か?」
「んーん」



嫌じゃないよ。
もう一度笑いながら応えると、不破くんは僅かばかり頬を緩めてみせて。
おぉレアだ、と喜ぶ暇も無く頭の上にあった彼の手は引っ込んでいく。



不破くんの、ふいに見せるそんな柔らかい表情が結構好きだなんてことは。
不思議そうに手をグッパしている彼が可愛らしいから、もう少し内緒にしておこう。






20111025