わいわい、がやがや
「せんせー、おしっこー」
「ゆうくんがぼくのつみきとったー!!」
「…」
目の前を走りまわる人、人、人。
もう少し言えば自分よりもはるかに身体の小さい子供たちを前に、そして勝手気ままにはしゃぎまわる子供と同じくらい自分の隣でテンションを上げている存在に、莉子は引き攣る口元を隠すことは出来ても溜め息を押しとどめることは出来なかった。
***
「俺は誠二お兄ちゃんなー!!んで、こっちが莉子お姉ちゃん。分かった人ー!!」
「「「はーいっ!!」」」
所謂、中学生の職業体験というものが今日。
多大なる生徒数を誇る武蔵森の全員を送りだすことから、体験する期間は僅か1日とあまりにも短いものだけれど。
生徒の希望を聞いている余裕も無いため、全てがランダムに振り分けられるこの行事。
普段の制服の上に慣れないエプロンをつけた莉子は、わいわいと騒ぐ園児たちを見てもう1つ小さな溜め息をついた。
そう、ここは幼稚園。
1日限りの先生になってしまったわけだ。
「なんだ、森泉は子供苦手か?」
「あんまり…」
「ふーん。俺は結構好きだけどなー」
「でしょうね。ってか藤代近い」
「アダッ」
上半身を屈めて顔を覗き込んでくる藤代の頭をペシッと叩く。
好き勝手に騒いだり、周囲に迷惑をかけたり、大人なら絶対に許されないことをしたり。
そういったことをしても許されるのが子供で、そうしてだんだんと成長していくものなのは分かっているし、自分もその道を辿って来たということも分かっているけれど。
イライラする、とまでは行かなくとも、結局寛容にはなれない。
まだまだ自分も子供だということだろう。そんなことを思いながら子供たちに引っ張られていく藤代の背中を莉子は見つめた。
「おにーちゃん、おにごっこしよー!」
「にーちゃんおにな!」
「おっ、やるかぁ!?」
(デカい子供が1人…)
馬鹿みたいに一緒になってはしゃぎながら、満面の笑みを浮かべている藤代。
例えば、ふと窓から見下ろした先の校庭だとか、通りがかった食堂だとか。
そんなところで見かけるものと同じ、眩しいくらいの笑顔。
「おねーちゃん」
「ん?」
呆れとも何ともつかぬ頬の緩みを零したところで、くいくいとスカートの端を引っ張られる感覚に莉子は教室の中へと意識を移した。
***
「なぁ、にーちゃん」
「おー?」
「にーちゃんとねーちゃんは、こいびとどーしなの?」
「ぶっ!!」
さすが子供は元気といったところか、数十分園庭を走り回って。
喉の渇きが限界になったところで水道までダッシュし、ついでに水を掛け合いじゃれながら日陰で休憩していた矢先。
丁度教室から園庭への通り道、風通りの良い渡り廊下。
こてんと首を傾げながらのどこまでも純粋な質問に、思わず藤代は三上あたりがいたら確実に汚いと顔を歪められそうな程に唾を吹き出した。
「んー、そうだなー」
「なになに?」
「俺は莉子お姉ちゃん大好きなんだけどな?お姉ちゃんは残念ながら振り向いてくれないんだ」
「ふりむいてくれないって?」
「ばか、ふられたってことだよ」
「ちょ、まだ!まだフラれてないから!俺の恋終わらせないで!」
純粋な故にグサリと刺さる言葉を放ってくれる子供たちに必死に弁解しながら、ちらりと目線を動かしてみれば目に入ってくるのは教室の中で静かに子供たちと戯れている彼女。
「わー、おねーちゃんじょーずだね!」
「そう?ありがとう」
「わたしももっとじょーずにかけるようになりたいなぁ」
「んー、そうだね。例えばお花を描くじゃない?その時に、ここをこうすると…」
数人の女の子と、クレヨンを片手に座り込んでいる莉子。
たまに落ちてくる髪を耳にかけながら微笑むその姿に、へらりと藤代の頬が緩んで。
「にーちゃんもっとがんばれよ」
「がんばれよ!」
「うっせ、俺だって頑張ってるの!森泉が気付いてくれないの!」
(聞こえてるわよ、バカ代…)
きゃっきゃと幼い声が響く懐かしい場所。
一方は蛍光灯に照らされる教室で、一方は日光を存分に浴びる園庭で。
子供たちに囲まれて過ごす時間はあっという間に過ぎて行ってしまったけれど、帰り道に騒いで頭を叩かれる藤代と莉子の間には行きと同じだけの距離が空いていて。
その隙間が埋まるのは、果たしていつのことなのか。
ぶうたれる藤代に笑う莉子も、それはまだ分からないのかもしれない。
20110911