※未来パロディ
私には、年の10離れた妹がいる。
まだまだ小さく見えるその妹は、たとえ姉馬鹿と言われようが何と言われようが可愛くて可愛くて仕方がない。
両親が出張の多く忙しい人たちなので代わりに面倒を見ているのだが、故にそれも全然苦ではなくて。
否、妹が生まれた時から一緒にいる時間が1番長いからこそ情がわいたのかもしれないけれど。
「よう、莉子」
「三上先生」
「だから俺はお前の先生でもお前の妹の先生でも無ぇっつの」
ボスッと右隣に人の気配。
缶2つを片手に現れた三上先生は、ん、と自分用のブラックコーヒーとは別の紅茶を私に差し出してくれる。
白衣を着てなんとも微妙そうに顔を歪めるこの人と私は、少し前、今いるこの全く同じ場所で、誰もが寝静まる時間帯に出会った。
***
妹は、生まれつき身体の弱い方だった。
それこそ生まれたばかりの頃はよく親のどちらかが何とか仕事に都合をつけて病院に連れて行き、私は1人家で待っていたものだけれど。
だんだんと私が付き添うようになり、両親が家を空けることが多くなって。
あの日、よく晴れて星の瞬く夜も、私は妹を連れて夜間の救急外来に駆け込んだのだ。
「大丈夫よ。もう少し待っててね、莉子ちゃん。」
「はい、よろしくお願いします」
言ってしまえば子供2人だけで来る私たちは、どうやら看護師さんたちの間でも有名なようで。
こうして夜中に来るのも決して初めてではなく、大体こんな時は申し訳ないことに誰かが気を遣って私の傍にいてくれた。
だけど、たまたまその日は他にもたくさんの患者さんがいて、皆忙しくて。
いつもの私の指定席、長椅子の左端に1人腰を下ろす。
大丈夫、幸い今日は妹の担当の先生が宿直でいてくれたし、大丈夫。
そう、自分に言い聞かせながら。
それでもやっぱり手が震えるのは隠せなくて、不安を押し潰せる程大人にもなれていなくて。
そんな時、隣にボスッと誰かが腰を下ろしたのだ。
右隣、いつもは誰か看護師さんが座ってくれている、空白のそこに。
「もうすぐ終わるってよ」
ぽんと私の頭を撫でて、ぽつりと呟いて。
思わず見つめてしまったその人は前を向いたままだったけれど、ただとても疲れた顔をしていた。
少しの間ただ黙って隣にいてくれた後、すぐに看護師さんに呼ばれて足早に去って行った彼は、脳外科医の三上先生。
名前を知ることが出来たのは少し後になってからだったけれど。
カランと、捨てられたブラックコーヒーの缶の音が、なんとなく印象に残っている。
***
その日から三上先生は、私は妹と病院に来るとこうして度々話をしてくれるようになった。
もちろん、お医者さんというのは忙しいものだから、毎日という訳ではないけれど。
「妹は?」
「水野先生のところです。午後は時間が空いてるから遊んでくださるそうで」
「フーン」
小児科医の水野先生は昔からお世話になっている先生で、妹はそれはそれは懐いている。
つまりは私も何度も会っていて、いつも丁寧な水野先生には私も両親も好感を抱いているのだけれど、どうやら三上先生とはあまり相性がよくないらしく。
気の無いような相槌をうちながらも、眉がヒクリと動いたのがバレバレだ。
「おねーちゃーん!!」
「…ゲッ、水野」
そんな先生に内心笑いを堪えていると、向こうから水野先生と妹が一緒にやってきて。
今度は隠す気もないらしくあからさまに嫌そうな顔をした三上先生は、とっくに空になっていた私の紅茶の缶を無言で取り上げるとさっさと立ち上がって踵を返してしまった。
水野先生も微妙な顔をしているから、本当に相性が悪いらしい。
去り際、いつものように頭をぽんと撫でていって。
あの日、忙しいだろうに三上先生が私の隣に座ってくれた日。
その日から、私が看護師を目指すようになったと言ったら、あの人はびっくりするだろうか。
それとも、いつものようにただ1度だけ頭を撫でながら、頑張れよと言ってくれるだろうか。
そんなことを思いながら、大きく手を振り走ろうとしている妹を止めるべく私は席を立った。
20111013