「わぁ!広い綺麗!」
「…そら良かったな」
「カズさんどうしたんですか?」
「ほっとけ」



休日、少し暑いくらいの気温を風が緩和してくれるような、そんな日。
自分の隣で形容しがたい微妙な表情をする功刀の姿に、上機嫌で辺りを見回していた莉子はこてりと首を傾げた。



***



東京から九州へ、親の転勤というどこにでも転がっているような理由で引っ越してきた莉子。
ダメ元で残りたいと言ってはみたものの、勿論中学生の一人娘に両親がOKを出す筈も無くて。
慣れ親しんだ土地や友人たちと離れ、海を越えてやって来た初めての場所。



「なんじゃ、お前東京から来たんか」
「あ、はい。武蔵森中から…」
「武蔵森!?」



未練は大きく残っていたが、やはり関わっていたサッカーから離れることは出来ずに訪れたサッカー部。
唯でさえ使う言葉が周りと違うという事実になんとなく引け目を感じていた莉子は、武蔵森のサッカー部に比べ屈強な体格の部員が多いことにかなり怖じ気づいていたのだが。



「ほんなら渋沢のこと知っとう?」
「え、渋沢先輩知ってるんですか?」
「おう。あいつは俺のライバルじゃけんな」



その中で周りより小柄な影、ゴールキーパーだと言う1人に詰め寄られてから、無事に新しい環境へと溶け込むことが出来た。
少しキツい印象とは変わって人懐こい笑顔と、面倒見の良い性格。
渋沢という莉子との接点を見つけたからか、彼は右も左も分からないくらいに心細さを感じていた莉子を気にかけてくれて。



「カズさんまだ食べるんですか…?」
「まだまだこんなの腹ごなしじゃけん、あと3杯は食うぞ。」



カズさんカズさんと雛鳥のように功刀を慕う莉子の姿にサッカー部員が微笑ましそうな視線を向けるようになるのにも、そう時間はかからなかった。



***



そんなこんなで、珍しく部活が1日オフになった時に、まだ土地勘の無い莉子に辺りを案内してやるとカズが名乗りをあげてくれたのだが。
ぐるりと町内を一周している間に見つけた、少し大きめの公園のような場所。
大体何かあればすぐさまあれやこれやと主観的意見を交えながら教えてくれていた功刀が何も言わずにスルーしようとすることに疑問を抱きながらも、青い空に伸びるポプラの木々に誘われた莉子が興味を示せば功刀はあからさまに苦虫を噛み潰したような顔をし。
そして冒頭に戻り、ずっとその調子だ。



「あっ、鳩。かわいー」
「げっ」
「げっ?」
「…」



ひょこり。
木の陰から姿を現した影に顔を輝かせた莉子とは対照的に、これでもかと言うほど顔をしかめた功刀。
そんな功刀の顔を見つめた莉子がふと視線を上げれば、そこにはたくさんの鳩がこちらを見下ろしていて。
1羽が舞い降りる。続いて2羽、3羽。
それらを何とはなしに見つめてからもう一度功刀を見てみれば。



「…じゃ」
「カズさん…?」
「あー!!鳩は嫌いじゃ!気色悪い!」
「…は?」



今まで見たことも無いくらいに機嫌の悪そうな功刀に一瞬怯んだのも束の間、彼の口から放たれた言葉に今度こそ莉子はきょとんと首を傾げた。



「え、カズさんもしかして、鳩嫌いなんですか…?」
「悪いか」
「いや、悪いというか、珍しいですね。可愛いのに」
「可愛いワケあるか。だからこん場所は好かんのじゃ、全く…」



シッシッと嫌そうに足で鳩を牽制する功刀に笑いを堪えながら辺りを見回してみると、こちらを窺っている鳩たちの間にぽつんと立つプラスチックの箱が見えた。
コインを入れて回すと中身が出て来るタイプの、ガチャポンという愛称で子供に人気のそれ。
一回百円、鳩のエサ。
なるほど、道理で鳩が多い筈だと思いながら、莉子の顔に悪戯な笑みが浮かんで。



「カズさーん」
「あ?ちょ、おま…!」
「くらえ!」
「ふ、ざけんなぁぁぁ!」



丸いカプセルをパカリと開け、中身を功刀に向かって一気に投げつけた。
一気に群がる、鳩、鳩、鳩。
功刀の怒声が羽音によって消されていく。



「お、前…ええ度胸やないか…」
「あはは、楽しいでしょ?」
「楽しいのは貴様だけじゃ阿呆!」
「あははははっ!」



必死に鳩を振り解く功刀に涙が出るほど笑っていた莉子は、やっと逃げ出してきた功刀の睨みにタラリと冷や汗を流した。
本気だ、そう感じ取った時には既に身体が先に動いていて。
くるりと回れ右、逃げるが勝ち。
一目散にその場を駆け出す。



「待たんかボケェ!」
「いーやーでーすー!」



体力的にはかなりハンデのある莉子だが、その手にはまだ鳩のエサが握られていて。
全力で走りながらの攻防戦は、鳩の乱入を許しながら暫くの間続くことになった。



(つ、疲れた…カズさんお昼にしませんか…)
(おう…)






20110921