分厚い雲と、大粒の雨。
いつもならまだ明るい筈の景色を薄暗くする程の天候不良で、武蔵森サッカー部は室内練習を余儀なくされていた。
体育館の中に響く靴と床が擦れ合う音、反響する声や笛の音。
慣れていないとまではいかなくとも、少なくともグラウンドよりは縁の無い練習風景だ。



「森泉」
「はい」
「私とコーチたち、それに渋沢は少し話し合いをしてくる。後30分この練習を続けさせたら先に解散しろ」
「分かりました」



バインダーと選手たちを交互に見比べていた莉子は、背後からかけられた桐原の言葉に頷くと大人3人の背中、そして1度こちらへ微笑んでから軽く手を振り出ていく渋沢を見送る。
それに頬を緩めることで応え、左手首の腕時計を確認するとちらりと館内を見回してから奥に引っ込んで。
天井を叩く雨音、窓から光る鋭い青色。
ドリンクとタオルが入った大量の籠を運び終えふぅと息をついた莉子は、時計の長身が180度動いているのを目に入れると首から下げたホイッスルに思いっきり息を吹きいれた。



***



「誠二誠二、パスッ!!」
「おうよ!…って、高ぇ!!」



慌てたような藤代の言葉の後に、高めの笑い声が響く。
早めに切り上げられた練習後、早々に寮へと戻っていく者、入念にストレッチをする者、自主練に励む者。
はたまた雑談に花を咲かせる者や何やら真面目に話し込む者まで行動は十人十色だが、その中で藤代と莉子は倉庫から引っ張り出してきたバレーボールでパスを出しじゃれ合っていた。
相変わらず暗い空と、たまに細く光る雲の切れ間。
そして遠くでは腹の底に響くような低い音が轟いているのだが、特に誰もそれを気にすることは無く。



「くらえ、ペガサスアタック!」
「何それダサい!!」



ペシンとボールを叩く間抜けな音がして、相変わらずの笑い声と、少しばかり不満げな藤代の抗議と。
きゃいきゃいとはしゃぐ2人を中心にして全体的にざわざわしている体育館。
開けっぱなしにしていた扉から様子を見にひょこりと顔を出した渋沢は、自身の想像通りだった光景に微笑ましい故とも呆れともとれる苦笑を零して。
それから館内を見回すことも無くすぐに見つかる人物に歩み寄り、少し大き目の声でその名前を呼んだ。



「藤代!」
「キャプテン!何スか?」
「向こうで笠井たちが探してたぞ、何か用事があるんじゃないか?」
「タク?…あー」



お疲れ様ですと微笑む莉子に同様の笑みを返して、用件を口にする。
渋沢の言葉に、何か思い当たることでもあるのだろう、考え込むようにして暫く頬を掻いていた藤代だが。
空が光る、低い音が轟く。先程よりも狭まっている光と音の間隔。
1人真上にボールをあげトスを繰り返している莉子を数秒見つめた藤代は、ニカッといつもの無邪気な笑みを浮かべた。



「居ない事にしといてください」
「え?」
「莉子ー!隙アリっ」
「あぁ!!こら待て誠二!」



返事を聞くこともなく走り出し、莉子と再びじゃれ合いを始める。
今度はどうやらボールの奪い合いになったらしく、器用にひょいひょいと逃げる藤代とそれを悔しそうに追いかける莉子の姿に渋沢は僅かに首を傾げた。
あの2人がよく共にいるのはいつものことだし、あのようにはしゃいでいるのも珍しい光景ではないのだが。
少しばかり、先程の藤代の態度が引っ掛かる。



また空の向こうで響く低い音。
部活の終了直後よりは人の減った体育館で壁に寄り掛かる渋沢に、走り込みの後なのか首からタオルを下げた三上が並んだ。



「お疲れ」
「あぁ、三上もな。…藤代はどうしたんだ?」
「あー、あれか」



ドリンクを飲み、汗を拭きとるとドカリと床に座り込む。
横目でそれを見降ろす渋沢とは目を合わさないまま三上が口にした言葉に、一瞬目を見開いた渋沢は何とも微笑ましそうに頬を緩めた。



(森泉は雷が苦手なんだよ)
(は?)
(だから気でも紛らわしてんだろ)






20111019