武蔵森学園は、男女共学でありながらもその校内は男女で別々に分かれている。
クラス編成だけでなく建物自体が別となっている為に、事実異性の姿を見るのなんて登下校の時か特別教室くらいのものだ。
それかまたは、どこかの部活のマネージャーが訪れてくるとか、それこそ部活中とか。
つまるところ何が言いたいのかというと、学校生活の中で男子が女子と接する機会はとても少ないワケで。
(うるせェ…)
くあぁ、大きな欠伸を1つ。
ただでさえ教室内が騒がしくなる休み時間、ざわりと余計に煩くなった空間に三上は特に隠すこともなく眉を顰めた。
「三上っ三上!!」
「あぁ?」
クラスメイトたちが騒ぐ理由なんてそんなにレパートリーに富んではいない。
そしてそれらが悉く自分の興味から外れていることを知っている故に次の時間まで寝ていようと机に突っ伏した彼はしかし、テンションの高い友人によって束の間の休息を見事にぶち壊される。
コイツがはしゃぐなら女か、と三上は盛大に顔を歪めるが、その程度の牽制ではテンションの高さには勝てなくて。
仕方なく不本意ながらも指が指されている廊下へと目をやれば、そこには見慣れた2人の姿があった。
我らがサッカー部のキャプテン、渋沢と。
「んだよ、森泉じゃん。」
「なんだとはなんだ、このサッカー部めが!!」
何を話しているのかは分からないが、互いに資料のようなものを抱えながら楽しそうに笑っている莉子。
そのまますぐ見えなくなった2人に元々無かった興味がわく筈もなく、再び机と仲良くなる三上の頭に恨みがましそうな視線が突き刺さる。
知るかっつーの。
無視を決め込んだ三上の机の周りに呼んでもいないのに何故かガヤガヤと集まってくる男たち。とは言っても最初からクラスには男しかいないのだが。
迷惑なことこの上ない。
「莉子ちゃん可愛いよなー。渋沢の奴羨ましいぜ」
「っつーかサッカー部全体だよな」
「俺バスケ部のマネージャーの方が好みだなぁ」
「あ、分かる」
知るかっつーの。
本日2度目の悪態を心の中で吐き出しながら、これまた我らがサッカー部のマネージャーについてわいわいと論議し始めるのを右から左へと聞き流した。
別に毎日毎日見飽きているあのよく分からない少女の談義に今更加わりたいとは微塵も思わないので、とりあえずどこか別の場所に移動してくれないだろうか。
そんな三上の着々と上がっていく不機嫌メーターを気にすることもなく、彼の友人たちは年相応の話題でどんどんと盛り上がっていく。
あぁ、イライラする。
「1回部活を見たことあるんだけどさー、なんか部員とすっげぇ楽しそうにしててホント可愛いの」
「(藤代だな…)」
「あ、でもさー」
アイツがきゃっきゃしてるのは藤代と一緒の時だけだぞ、とか。
人懐こい可愛い後輩なのは渋沢に対してだけだぞ、とか。
そんなことを思いながらも我関せずを貫き、だがどうしても聞き流そうとして上手くいっていない自分にまたイライラして。
これは今日部活で藤代を一発殴るしかないな、と後輩への八つ当たりを決めたところで後から加わって来たメンバーがふと思い出したように口を開く。
「俺1つ下に妹いるんだけどさ、ソイツが森泉さんと同じクラスなんだけど」
「マジで!?」
「でもクラスだとなんかクールで大人しいキャラらしいよ」
「はぁ?んなワケなくね?」
まっさかぁと笑い飛ばす友人たちに、マジだって!と叫ぶ。
クラスにいる時に見かける莉子は大抵部活の用事な為、ほとんどの場合渋沢と共に行動していて。
まさにキャプテンとマネージャー。ほのぼのとした空気を醸し出しながら、ある者は微笑ましいなと、またある者は渋沢に対して理不尽な嫉妬を抱くくらいには無邪気な笑顔を浮かべている莉子。
また放課後なら部活前に藤代とはしゃいでいるか、部活後に藤代とはしゃいでいるか。そんな姿しかサッカー部以外の人間は知らないのだ。
例えば藤代が部活を休んでいる時の無口な彼女とか、監督と話している時の真面目な彼女とか。
三上だって随分と前に莉子に用事があって彼女のクラスを訪れた際、随分と印象が違って戸惑ったのを覚えている。
よく分からない少女、それが三上の印象で。
「え、二重人格?」
「馬鹿か。どっちか作ってるんだろ?」
「どっちだろーな、クールビューティーか妹キャラか。俺どっちでも可だわ」
「何がだよ」
そう、よく分からない。
真面目にくるくる働く莉子も、渋沢に嬉しそうに付いて回る莉子も、藤代と喧しいくらいにはしゃいでいる莉子も。
三上に対して眉を顰めることもあるかと思えば藤代と共にじゃれついてきたり、不意に特別教室で見かけると1人で無表情だったり。
難しい顔して考え込むこともあればピーマンが嫌いだなんて子供かと笑ってしまう一面を持っていたり、長くも短くも無い間接してきて未だに本当によく分からないけれど。
とりあえず、今言えるのは。
「お前らいい加減うるせェ!」
「うげっ三上がキレた!!」
わっと騒ぎながら逃げていく友人たちの背中に舌打ちを送りながらふと頬杖をついて窓の外を見つめると、渋沢と別れたのだろうか、1人でぱたぱたと部室に向かって走っていく莉子の姿。
一定のリズムで髪が跳ねる。ジャージか制服かの違いだけで、これでもかと言うほどに見慣れた背中。
ぎゃぁぎゃぁ騒ぐ友人たちは既に違う話題に移っており、窓の外には意識は向いていない。どんどんと小さくなる、角を曲がって完全に見えなくなる。
その消えた背中を数秒見つめ、眉を顰め、小さく溜め息をついて。
(…あー)
次の授業は確か古典だ。
ダルいなぁと鞄の中身を漁った三上は、ノートの残りが少なくなっていることに気付いて意味も無くまた舌を鳴らした。
(森泉ー)
(三上先輩?なんです…いたっ、いたた痛い痛い!)
(あーもーうるせェ)
(なんなんですか!?)
20120308