人間というのはとても不思議な生き物で、地球上で一番心というものが発達している。と、思う。きっちりと確かめ調べ尽くしたわけでもないけれど。
それを幸運だと感じるか面倒くさいと感じるかは人それぞれであって、価値観なんてものは様々だ。まぁそれは今どうでもいい。
つまりその心とやらがあるおかげで嬉しい楽しい幸せだとプラスの感情を噛み締めることも出来れば、辛い苦しい悲しいと余計なマイナス思考で悩むこともある。まさに一長一短、あって良かったこともあれば困ることだってあるわけで。
小難しいことをつらつらと言い並べてみたが、つまり言ってしまえば人間なんてものはその日の気分次第でいくらだって調子やら体調やらが左右されてしまうようなちっぽけなものなのだ。
「今日の練習はここまで」
「「「っありがとうございました!!」」」
そしてその気分というものはまた随分とお調子者で、勿論嫌なことがあったり良いことがあったりすればそれに比例するけれど。
たまに、何も無くても沈んでしまうような日があるから本当に困ったものである。
それは自分ではどうしようもなくて、加えて普段なら何ともないような事さえ堪えてしまうものだから正に負のループで。
それに陥らないように、また押し込められるように如何にコントロールするかが大人になるにつれて求められる、と思う。完全に自論だが。
結局また冒頭のような意味の分からない、筋の通ってるんだか通ってないんだか判断もつかない話に戻ってしまっているが、わらわらと解散する部員にタオルとドリンクボトルを用意しながらも莉子が気にしているのはただ1つ。
朝からどうにも様子のおかしい我らが10番のことだった。
今までの自論を至極簡単に纏めると、人間誰しもが意味も無く調子の悪い時はあるということだ。
きっちりと早朝練習をこなし、昼休みに見かけた姿は教室の窓際で友人たちと談笑しているもので、放課後の練習では怒鳴り怒鳴られ汗を流して。
そんないつも通りの、意地の悪く捻くれた、だが実は面倒見の良く責任感の強い三上の姿。
しかし莉子も伊達に今までサッカー部のマネージャーをこなしてきたわけではない。
監督の号令に一斉に頭を下げた部員たちは、一気に水分補給をする者、汗を拭きながら雑談する者、自主練に励む者と多種多様だけれど。
同学年のレギュラーと戯れている藤代に相変わらずだなぁと頬を緩めると、カゴからタオルとドリンクボトルを1つずつ引っ掴むと水飲み場と丁度反対、コンクリートの壁以外何も存在しない寂れた場所へ消える背中を追った。
ダン、と音の響くそこを知ったのは、マネージャーを始めてどれくらい経った頃だっただろうか。
薄汚れた壁に残る大小様々な跡と、荒い息使いと。
時折苛立たしげに混じる、小さな舌うち。
10と書かれた大きな背中がここに訪れるのを、見送る時もあれば、こうして後ろから見つめる時もあった。
特に何を思うわけでもない。ただ、武蔵森の、全国強豪と謳われるチームの司令塔という立場はこうして成り立っているのだと、その事実を目の当たりにしているだけで。
「三上先輩」
「…」
ドカリと座り込んだその背中にタオルを投げかける。
ふわりとした感触は昼休みに取り込んだばかりの自慢の仕上がりだ。正直乱暴にガシガシと使われるだけなら勿体ないくらいの代物である。
それを頭から覆い隠すように被せ、隣にトンとドリンクボトルを置いて。
水分補給忘れたら承知しませんからね、それだけ言い置いてくるりと背を向けた。
煩いと言われたら、お節介だと思われたらそれまでだし、そもそもきっとこの実力伴う見栄っ張りな先輩は絶対にこんな姿見られたくないとか放っとけとか思っているだろうし。
だから余計な苛立ちを与える前にさっさと立ち去ってしまおうと、そう、思ったのだけれど。
「…」
くん、と引かれたジャージの裾に足が止まる。
誰がだなんて、そんな馬鹿げたことは思わないけれど、それでも思わず目を見開いてしまったのは仕方がない、だって、こんな。
可愛い女の子がやってナンボのものだろうに、少なくとも目の前の男は絶対に許されない。見た目的な意味で。
別に見目麗しくないわけではなく、寧ろイケメンの部類だけど、と誰に言うでもない言い訳を心の中で呟いて、未だに離れない自身のジャージの裾を握る三上の手に聞こえない程度の息をついて。
背中合わせに腰をおろして、ぐいと遠慮なく寄りかかってみた。
「…」
「…」
遠くの方から聞きなれた騒がしさが運ばれてくる。
三上先輩、今日夕飯にピーマンが出るんですよ。食べてくれますか。
新発売のRPG、どうしてもクリア出来ないところがあるんですけど手伝ってください。
そう言ってみれば馬鹿にしたように、呆れたように言葉を返してくるだろうか。
空気を読めと頭をぐしゃぐしゃに掻きまわしてくるだろうか。
それとも、無言のままだろうか。
ねぇ、三上先輩。
私は、貴方が誰よりも努力家なことくらい、知っているつもりなんですよ。
重ねた手に、その気持ちは届いただろうか。
そばに居て
(滅多にないお願いの言葉だったので、思わず、)
20120622