特に記録的な寒さだとか雪がチラついているとかいうわけではないけれど、寒いものは寒いではないか。誰に言うわけでもなく心の中で不満を呟き、かじかむ手を擦り合わせながらオフィスへの道を歩く。
担任に雑用を言いつけられた為先に行ってもらった麻衣はとっくに着いているだろう。一緒に残ろうかという有難い申し出は辞退した、それよりも事務所で待ち受けるあの唐変木の機嫌をとっておいてくれと頼んで。
…良くも悪くも素直な彼女にその大役が務まったかは分からないけれど。


(寒いなぁ)


丁度去年まで使っていた手袋が駄目になってしまい泣く泣く捨てたところなのだ。
家計簿と睨めっこしつつも新しい手袋を買っていた麻衣を見習うべきだったか。あまり出し惜しみするところではなかったかもしれない、最近はバイト代が潤っているし。
まぁ結局は買いに行く手間と出費を考えると買わないんだよなぁ、そんなことを考えながら両手をポケットに突っ込んだ。少々行儀は悪いけれど、こうすれば多少寒さは凌げるのだし。


カランカラン。涼しげな音を奏でるドアノブはこの季節には合っていない。
遅くなりました、と言いながら入ればナルシストのナルちゃんこと所長は一瞥くれただけでお咎めは無かった。まぁ学生としての仕事(果たして担任の雑務が義務に入るのかは分からないが)をこなしてきたわけなので遅刻を咎められても正直困るのだが。一応連絡は入れておいたのだし。


「よっ」
「あれ、ぼーさん」


ナルの向かいにもう1人。
気安く片手をあげた滝川はいつもの如く暇を潰しにでも来たのか。それにしては普段からここを喫茶店代わりにするなと目くじらを立てているナルの機嫌が悪くないように思うけれど、軽いように見えて滝川は空気を読むのがとても上手い。ナルとの付き合い方も中々に上手いのだ。
他の女衆がいなければナルもそんなに嫌ではないんだろう、滝川との会話はどこか楽しんでいる風なときもあるし。


「麻衣はいないんですか?」
「麻衣なら茶菓子買いに行ったぜ、寒い中うら若き乙女をとかぶつぶつ文句言ってたな」
「なんだ、メールくれれば買ってきたのに」
「そこを思いつかない辺り麻衣だよな」
「ですねー」


仏頂面、とは言っても何度も言うようだが特に不機嫌なわけではなさそうだ、でファイルを眺めているナルの変わりに答えてくれたのは滝川で。この寒空の下、やっと暖かなオフィスに来たと思ったらまた放り出されるとは麻衣も可哀そうに。遅れてきてよかったかもしれない。
そんなことを思っていたら滝川の視線に僅かに咎めるような色が灯って、何事かと首を傾げれば行儀が悪いと注意された。見れば指されているのはポケットに突っ込んだままの両手。
素直に出してぐっぱと握ってみれば、思っていたよりも体温は回復していなかった。動きの鈍い指先が少し気持ち悪い。


「なに、お前さん手袋は?」
「駄目になっちゃって」
「女の子が手冷やしちゃ駄目でしょーが」


全くこんな冷たくして。
そんな言葉と共に、いつの間にやら近付いていた滝川に手を取られる。大きな手に包まれて、じんわりと。温かさが伝わる。
痛いくらいの熱に指先の感覚が戻っていく。


おまけとばかりにぎゅっと握られ、滝川の手が離れていったときには自分の体温よりも温かいくらいだった。


「冷え症か?なんか女子高生って感じだな」
「ぼーさんは子供体温ですね」
「なっ、お前こんな男前をつかまえてそんなこと言うか」


今日の帰りに新しい手袋を買いに行こう。
頬っぺたを引っ張ろうとしてくる滝川に抵抗しながらじゃれ合っていると、さすがに堪忍袋の緒が切れたらしいナルに思いきり睨まれた。




20150831