何時かも分からないような時間帯、僅かに感じた寒気に少しばかり意識が浮上した。
真っ暗な視界の中、彼女には珍しく思考回路がふわふわしていて。僅かに身体を動かすと温かなものを見つけ、その心地良さに本能的にしがみついた。とてもあたたかい。
その温もりに満足し、半分も現実世界へ帰ってきていなかった意識は簡単にまた夢の世界へと旅立っていく。その温かなものが小さく息を零し己を包み込んでくれたことには気付かずに。


(珍し…)


寝惚けている彼女の、滅多にない素直な姿。
それに頬を緩ませた『気持ちのいい温度』に包まれて、ゆるゆるとまた微睡の中へと溶けていった。




「…ん…」


すっと意識を掬い上げられるような自然な目覚め。詰まっていた仕事も終わらせ、睡眠が足りていないことは自覚していた為に目覚ましもセットしなかった。
暑くも寒くも寝苦しくもなく、脳が自ら覚醒したかのような。心ゆくまで眠れたのだろう、寝起きに伴いがちな頭痛もない。
体温が移った毛布の中が温かく、寝るか起きるかの境目を漂っている微睡がどうしようもなく心地良くて。もう少しだけ、と普段ならば選ばないであろう二度寝という選択をした彼女は瞼越しの明るさから逃げるように温もりに顔を埋めた。
ずるずるとまた意識が沈んでいって、


(…?)


ふと、頭上の柔らかい感触に再び意識が持ち上がった。
ゆるやかに動き出した思考回路が毛布の中の違和感に気付き、微笑いを含んだ吐息を耳から拾う。
己を包み込む心地良い温かさは毛布だけではなくて、ゆっくりと髪を梳いていく優しい手付きは自分の知っているもので。


「翔…?」
「悪ィ、起こしたか」


動きの悪い瞼を持ち上げると、目の前には自分を見つめる翔の姿があった。
少しばかり久しぶりに見る顔に瞳を細めると、嬉しそうに笑った彼の唇が頭上に降ってくる。
寝惚けているのか、大人しくされるがままになっている彼女のその小さな身体を翔はぎゅっと抱きしめてみた。拒むことなく、寧ろ更に温もりを求めるかのように顔を埋められ、あぁ今すげぇだらしない顔してんだろうなと内心で苦笑する。


「おかえりなさい」
「ん、ただいま」
「貴方着くの夕方だって言ってたじゃない、いつ帰ってきたの?言ってくれれば迎えに行ったのに」
「夜中にお前叩き起こすわけにいかないだろ」


海外でのロケが予定よりも早く終わり、ちょうどキャンセルが出て空いた便に乗って帰ってきたのだ。電話で話した彼女に無性に会いたくなって。
夜中に着き、寝ているであろう彼女を起こさないようそっと潜り込んで。そしたら珍しく擦り寄ってきてくれるものだから。
腕の中の存在が愛しくて仕方ない。今も動く気配を見せず収まっている彼女は、起きる気が無いのか目を閉じているようで。ゆっくりと柔らかな髪に指を通す。


「海外は久しぶりだったでしょう、体調は大丈夫なの?」
「おぅ、寿司食ってきた寿司。サーモンばっかだった」
「少しは英会話上達した?」
「…通訳って偉大だよなー」


取り留めもない会話を交わしながら、ゆったりとした時間の中を過ごす。
翔自身起きる気が無いことを感じたのか、彼女は再び眠ることに決めたらしい。腕を差し出してみれば、くすりと微笑った彼女は素直に頭を預けてくれた。
するり、一度だけ胸元に擦り寄って小さくなる姿は、さながらたまに甘えてくれる猫のようで。
おやすみ。閉じられた瞼に唇を落とし、翔もまた呼吸を合わせるようにゆるゆると意識を沈めていった。




20140915