芸能界に飛び込んで、数年が経ち。
幸運にも人気はだんだんと高まり、それに比例して仕事もどんどん増えていった。
勿論つまるところ忙しさも鰻登りなわけなのだが、楽しいばかりでなくとも毎日充実しているというのはとても幸せなことだろう。
ヘッドフォンを外した翔は重い身体を解すようにぐぐっと背伸びをする。
日々のトレーニングは欠かせない。特に歌に関しては。
悔しい以前に事実として彼は歌よりもダンスやキャラクター性を武器にしているようなものだ。純粋な歌の巧さでいくとトキヤや那月には全く敵わないのは分かっている。
それでも。妥協はしたくないし、何より最高の曲を作ってくれる相棒に全力で応えたいから。
「来栖君、今日はその辺にしといたら?無理な練習はよくないわよ」
疲れてるんでしょう?
そう言いながら入ってきた彼女を振り返り、コトンとテーブルに置かれたホットミルクの香りに全身が緩むのを感じながらも翔は不満げに口を尖らせた。
「だぁかぁら、お前も来栖だって何度言えばいいんだよ」
「あら、そうだったかしら」
「…地味に傷付くぞ」
「冗談よ」
クスクスと笑う仕事上もそれ以外でも相棒である彼女を見て、ふと出会った当初のことを思い出す。
今もなお変わらない、いや、のろけだと言われようが磨きがかかっているとすら言える奇跡のような美しく愛らしい容姿をもつ彼女はしかし、中身はといえば天使のような外見とはかけ離れたもので。
こんなに自然に微笑うようになったのはいつからだっただろうか。最初の頃は専ら呆れや拒絶の意を示す眉間の皺ばかり見ていた気もする。
こいこい、手招きに素直に応じれば向かった先の彼女は相変わらず呆れたような顔をしていたけれど、それでもふわりと首からタオルをかけ、仕方がないといったように頬を緩めてくれるから。
「…何よ?」
「別にー。」
「別にって顔じゃないでしょう」
満面の笑みを浮かべる翔に、逆に彼女の方が気恥ずかしくなってきてしまう。
この人は本当に、昔から。
「お前が俺の相棒で本当に良かったなって思ってさ。勿体無いくらいだぜ」
「…言い過ぎよ」
そんなことないと言う彼は、学園時代の思い出から楽しそうに語り出すけれど。
曲を作ることを嬉しく思ってくれるのは有難いし、確かに勉強面はお世辞にも面倒見なかったとは言えない。
彼が倒れたとき傍らにいたのを心強かったと言ってもらえるのも嬉しいことだ。
でも。
半ば押し付けるようにマグカップを手渡すと、その勢いで頬に唇を落とし真っ赤になっている翔の顔を見て彼女は小さく笑った。
返さないでいいから
(貴方に今まで貰ったものを返させて)
20121017