「おい、楓見てないか?」
「楓さんなら、ちょっと山に出てくるって結構前に出て行きましたよ」
「…見送るなよ」
「今更じゃないスか」


そんな会話を交わしたのが少し前のこと。
少し暑いくらいの陽気、遮るものもなく頭上から直接降り注ぐ日差しに目を細め、桓堆は探し人が向かったという場所に向かい足を進めた。
畑の広がる道を抜けて行き、人気が少なくなるのと比例してだんだんと緑が多くなってくる。足元が平らではなくなった辺りで、どうしてあいつはいつもこうなんだと一つ溜め息をついた。
目の前に突き出ている枝を掻き分ける。彼女は沢を好むから、水気のある方に向かえばそのうち会えるだろう。


毎回こんな奥まで入り込むのは如何なものだろう。少しは探すこっちの身にも、とは言っても何故彼女を探しているのかと訊かれれば特に理由があるわけではない。待っていてもよかったし、勝手に探したのはそっちだろうと言われれば全くもってその通りなのだが。
楓がよくこうして出掛けるのには理由がある。それは至って単純なもので、食肉を確保する為だ。周りにはもっと屈強な男たちがいるというのに、訓練をしない自分が一番時間があるからと気付けばいなくなっている。
蓬莱生まれの彼女がこちらに来てからしばらく山で暮らしていたのは知っているし、そういったことに慣れていることも知っている。自分の出来ることは自分の力でやらないと気が済まない性質なのも分かっている。
別に獣に襲われていないかだとか、変な輩に絡まれていないかだとかを心配しているわけではないのだ。いや、心配といえば心配だが、ある程度のことは対処できるだろうと思えるくらいの信頼はある。
じゃぁ何故気にするのだと言われれば、特にこれだという理由は思い浮かばないのだけれど、と同じところを堂々巡りするわけで。
生憎、素直にただ会いたいだけだと言うには照れ臭さというやつが邪魔をする。




「…見つけた」


生い茂る木々によって暑い日差しも遮られ、木漏れ日が心地良い温度を提供していて。
水の流れる音と、鳥の鳴く声。あとは風によってたまに葉が擦れる音。静かな自然の音だけが存在するそこで、太い幹に背を預けすやすやと眠る楓がいた。
なんて無防備な、と怒りとも呆れともとれる感情が一瞬沸き起こりそうになるが、彼女の傍らに佇む存在を見てそれもすぐに霧散する。白と黒の大きな身体。彼女が何よりも信頼している一頭の牛。


「お前もいたのか。楓がよく言うぼでぃーがーどって奴か?」
「ブモ」
「はは、頼もしいな」


言葉が分かるのか分からないのかいつも絶妙なタイミングで返事を寄越すこの牛は、例に漏れず桓堆の言葉に首だけ上げて一声鳴いた。
最初の頃は随分と警戒を含んだ視線を送られていたものだが、最近になってこの牛が自分に寄越すものは穏やか、とは言い難いものの一応身内側だとは認められたらしく警戒は解けている。一見変わらない仏頂面の変化が分かるのは彼にも半分は獣の血が流れているからだろうか。
桓堆を一瞥し、数秒じっと見つめてきたその牛は大きな欠伸を零すと再び地面に頭を落とした。その目は閉じられており、先程寄越された目線は自分はもう寝るから後をよろしくといったところか。全くもってふてぶてしい牛である。


「ったく」


一つ溜め息をつき、桓堆は相変わらずすやすやと眠りこけている楓の隣にどっかりと腰を下ろした。
安心しきった寝顔。普段ならばこんな無防備ではないだろうに、相棒への信頼感は正直ちょっと妬けるところだ。
土と葉の重なる地面は柔らかいとは言い難く、凭れている幹に至っては堅い感触が寝辛い筈で。だが耳に届く柔らかい音たちと頭上に生い茂る葉の間から零れてくる日差しに、なるほどこれは転寝をするのに丁度いい心地良さだと桓堆の頬も緩んだ。


少し強く風が吹く。
ざぁっと枝が靡き、広がった隙間から直接届いた光が丁度眩しかったのか、気持ちよさそうに寝ていた楓が不快そうに眉を顰めた。
んん、と漏れた僅かな声に桓堆がそれに気付き、苦笑しながら己の拳で日差しを遮ってやる。与えられた瞼越しの影に彼女はまた満足そうに小さな寝息をたてはじめた。
その寝顔を見つめ、ふっと息を吐いて。桓堆はそっと楓の額に手を置くと、ゆっくりその頭を横たえさせる。


「確かに眠たくなるな」
「…ブモ」
「なんだ、見張りしてくれんのか?」


たまにはこんな時間もいいだろう。そういえば最近はあまりゆっくりと過ごすことがなかったかもしれない。
幹に寄りかかる際に邪魔だったのか、普段は纏められている髪がさらりと揺れる。手の中でその漆黒を弄びながら桓堆もまた木漏れ日の中で目を閉じた。




20151012