少し広めの通りの両側に平屋が並ぶ。初めて見たときには時代劇にでも出てきそうな光景に少し心が躍ったものだ。日本にもこのような景色があったのかもしれないけれど、楓は見たことがなかったから。
宿や食堂、市のようなもの、勿論普通の民家もある。残念なところはテレビの中よりも活気があまりないところだろうか。
「あら、楓ちゃん!」
「こんにちは。畑の方は調子どうです?」
「それがねぇ、楓ちゃんが言ったみたいに炭を砕いて撒いてみたらみるみる良くなって!」
「ふふ、よかった。撒き過ぎは毒ですから注意してくださいね」
それでも人の浮かべる笑顔というのは変わらないのだな、と思う。テレビの中でも現実でも、向こうの世界でもこちらの世界でも。
快活な笑みを浮かべた女性は、そうだこれ持ってっておくれよと青野菜を一掴み手渡してくれる。有難くそれを受け取った楓は幾つか雑談を交わした後、笑みを浮かべその女性と別れた。
網の上に魚が干した状態で売られているのが目に入る。
山菜が並べられていたり、菓子のようなものを売っていたり。素朴ながらも、日本で言うところの商店街のような道はどこかわくわくするものがある。
何とはなしにそれらを眺めながら歩いていると、ふと視界の端に赤い番傘が映った。傘の下、同じ赤い色の布が敷かれており、初老の男性が座り込んでいる。
その前には民芸品のような雰囲気のある小物が並べられていて、楓の足は誘われるようにそちらの方へ近付いていった。アクセサリーが並べられていたら足を止めてしまっていた頃と変わらないな、と内心で苦笑しながら。
「こんにちは」
「いらっしゃい。ゆっくり見てっておくれ」
穏やかに微笑むその男性に笑顔を返し、しゃがみ込んで楓は並べられているものたちを眺めた。
簪や髪留め、髪紐。それから土器や陶器だろうか、淡く色付けされた茶碗などがこじんまりと並んでいる。女性向けだろう。楓もまた素直に惹かれる。こういった小物は好きだ。
その中で、一つ目を引くものがあった。
陶器の小さなポット。こちらでの呼び名は分からないが。柔らかい色合いで書かれた絵や模様がまた可愛らしく、落ち着いた印象を与えてくる。
そっと持ち上げてみると大きさの割には重い。かちゃ、と蓋の部分が音をたてた。
冬が近づいたとき、スーパーの隅の方にワゴンが出て冬物が売り出されていた。ふわふわもこもこのスリッパやニット帽、その中に混ざっていた、やはり陶器の小さなポット。現代の日本で沸かす機能も保温機能もないただのポットなんて言ってしまえば不便なだけだが、その可愛らしさに惹かれたのを思い出す。
なんとなくいいなぁと思うのだ。生活していく上で無くても困らない、でも見ていて癒されるというか、自分の趣味に合っている小物。
「気に入ったかい?」
「えぇ、とても。可愛らしいですね」
「そうだろう?自信作さね」
一番最初に目に入ったものと、こちらもいいなと思ったもう一つ、二つを選んで包んでもらった。そう重くはない荷物を両手に持ちまたふらりと歩き出す。
(…こういうの好きかしら、陽子)
かちゃ、と。僅かに聞こえてくる固い音。
このポットを見て、最初に浮かんだのは赤い髪を持つ友人だった。ふと日本のことを思い出したからかもしれない。
誕生日が近いわけでもない、何か祝い事があるわけでもない。ふと贈りたくなっただけで、特に理由は無いけれど。
そんなことを思っていれば、噂をすればとはよく言ったもので。楓、と高すぎない声で呼ばれた己の名前に、振り返るより先に頬が緩んだ。
人目のある場所だ。景王、と呼ぼうとした言葉は、しかし彼女の出で立ちを見て苦笑に変わった。
どうやら仕事ではなく私用のようだ。珍しくはない。男物のような質素な服に身を包み共も連れていない陽子に気付いた様子の者はおらず、何食わぬ顔で溶け込んでいる様子がなんだかおかしい。
「陽子。ふふ、一人で視察?」
「あぁ、町の様子は定期的に見ないとね?」
久し振りに会った友人に駆け寄って軽く肩を抱く。
互いに含み笑いがあるのはご愛嬌だろう。今頃麒麟が頭を抱えているかもしれない。
「楓こそ一人でこんなところにいるなんて。お供はいないの?」
「お供って、牛と熊どっちのことかしら」
「あはは!じゃあ熊の方にしとこうかな」
「熊さんならお家でお昼寝してるわよ」
足は自然と茶屋の方へ向かう。聞けばどうやら時間はあるそうだから、少し話しても罰は当たらないだろう。帰りが遅くなればなるほど、麒麟と熊はいい顔をしないだろうけれど。
右手の重みがかちゃりと音をたてる。こういうのが好きだろうか、それも本人に問いかければいい。隣にいるのだから。
「ね、陽子」
20151018