「佐藤さん、今日の帰り一緒に帰らない?」
「ごめんなさい、私貴方と関わりたくないの」
「そっか、じゃぁまた声かけるから気が変わったら教えてよ!」
いやだから、と反論する前に目の前の男子は爽やかな笑顔を残して走り去っていく。どうしよう日本語が通じない。
大体こっちも部活あるし、というか同じやりとり昨日もしてるし。言いたいことを全て飲み込み、1つ重たい溜め息が漏れる。
なんとなく甘いものが飲みたいからと教室を出たらこれだ。大人しく自分の席でゲームをしていればよかった、だなんて思っても後の祭りで。手に持った紙パックが少しだけ重たい。
「今の奴何?」
「…びっくりした」
突然背後からかけられた声にびくりと肩を震わせる。そんな楓に小さくふき出した黒尾はしかし、すぐさま笑みを引っ込めて視線を向けてきた。
黒尾に対して好ましいとも苦手とも思うところだ。普段はちゃらちゃら軽いくせして、時たまこうして真っ直ぐになる。だから何考えてるか分からないし読めない、大体はただ等身大のお馬鹿な男子高校生なのだけれど。
「今楓ちゃん失礼なこと考えなかった?」
「ぜーんぜん。黒尾君今日もかっこいいなーって」
「ぶひゃひゃ、もっと心こめて」
「きゃートサカヘッドー」
「それ誰の真似」
「雀田ちゃん」
元ネタ木兎じゃんよ一緒にされたくねーわとぐちぐち言っている黒尾には悪いが同レベルである。この2人に毎度絡まれる赤葦も大変だ、最近は烏野の一年にも新たに目をつけたらしく大変申し訳ない。
軽口を叩きあっていると、ふいにそれで?と話を元に戻された。さすが話題を逸らされる気は無いらしい、したり顔で笑われる。曰く楓にしては珍しく物言いが辛辣だったろ、と。まぁ自覚はあるのだけれど。
「相手自由で告白がノルマ」
「は?」
まぁそこまで隠したいわけでもないし、と潔く話すことにしたはいいが、切り出し方が唐突すぎたらしい。
ぽかんとしている黒尾に思わず吹き出して、楓は少し頭の中で整理してから話し出す。
彼に告白されたのは3日前のことだった。正直名前は覚えていないから仮に山田君としよう。
山田はサッカー部の準レギュラーらしい。クラスが同じになったことはない。話すのもこのときが初めてで、もう少し言えば楓が山田のことを認識したのもこのときが初めてだった。
ただ、そう。声に聞き覚えがあったのだ。たまたま空き教室の前を通ったときに聞こえた男子生徒たちの会話の中に彼の声もあった。まじかよ、と悔しがる山田とそれを笑う数人の声。一番記憶に残っている興味深い単語は罰ゲーム。
「上手くいったら、手を繋いだら、キスをしたらそれぞれ1000円ボーナス。やることやったら1万出すだったかなー」
「なんだそれ」
「黒尾君顔怖い。だからねー貴方の小遣い稼ぎに付き合う気はないのごめんなさいって言ったらなんか付き纏われるようになっちゃって」
「ぶはっ」
ちょうどよかったのだと思う。顔はまぁ特別美人でも可愛くもないが特別悪いわけでもないし、人当たりのいい性格だと自負している。ちょっと遊んでぽいするのには最適な物件だろう。
くだらないゲームのターゲットに選ばれたことにちょっと、いや大分苛ついたのと、そりゃ少しは傷ついたのと、後は付き纏われるストレスと。そんなものが重なって山田に対しての態度は我ながら自分史上最低レベルを更新しているわけだが、興味を持たれたのかムキになってるのか山田は中々引いてくれなくて。
3日経てば飽きるかと思っていたのに、どうやらそうはいかないらしい。
「それ夜久は知ってんの?」
「んーん。告白されたことだけ知ってる」
「なんで」
「言われたって困るでしょ。なんか害あるわけでもないし」
「害ならあるだろ。お前嫌がってんじゃん」
「黒尾今のちょっとかっこいい」
「マジで」
ズゴ、と楓の手にある紙パックが音を鳴らした。
それを合図に軽い会話を少しして互いの席へと戻る。愚痴を吐いて満足したのか、楓は特に何も気にしていないような顔でスマホを弄り始めた。
黒尾はといえば、頬杖をついてぼんやりと黒板の上の時計を眺める。昼休みが終わるまで、あと10分。
(サッカー部の山田ね…あ、仮だっけか)
――うちのマネージャーお前なんかにゃ勿体無いんだわ。やっくんレベルになって出直してくんない?
次の日からぱったりと途絶えた山田の影に察するところはあるものの。当の黒尾が素知らぬ顔を決め込むものだから、せめてもの礼として妙にリアルだと評判のガチャポン魚シリーズで引いたサンマの根付けを渡してみたところ、腹を抱えて大爆笑された。
20170126