暦上は未だ秋とはいえ、皆お決まりのように寒いだの秋はどこに行っただの文句を口にするくらいには冷え込んできた。
寒さなんて気にせず朝夕問わず練習に打ち込んでいる高校球児たちも、部屋に引きこもってしまえば話は別のようで。最近明らかに増えてきた夜の買い出し、つまるところパシリに駆り出された倉持と御幸は北風に背を縮こませながら足早に近くのコンビニまで小走りしていた。
悲しいかな、後輩という生き物は先輩には逆らえないのである。しかしながら後輩が入ってきたらすぐさま手下にしようとぶつぶつ文句を呟く倉持も、それを笑い飛ばす御幸も、気に入らない相手に従順でいるほど可愛らしい性格はしていない。結局のところは上を慕っているからこそ大人しく従っているのだが、それも分かった上でパシリに出されているのだろうことはなんとなく気に入らないところだ。


「あ?おい御幸、あれ」
「ん?」


さっさと買ってさっさと帰ろう。
目だけで意思疎通して飲み物売り場と菓子コーナーに分かれようとしたところ。ふいに何かを見つけたらしい倉持がどんと肩をぶつけてきて、その視線の先に御幸も目を向けてみる。そこには1人の少女がいた。
瞬時に茶化す準備が整う。なんだよ倉持くん、一目惚れですかぁ?そんな言葉を喉元まで準備して、ぷぷっと小さく笑う為に片手を口元に持っていこうとして。
しかしそこで御幸も倉持が言いたいことに気が付いた。いや、正確に言えば倉持が言いたいこととは違うことに気付いたのだが、とにかく倉持が言いたいことは分かった。
レトルトコーナーの前で、怠そうに俯いている彼女。その顔を上げようとしてふらりと小さくよろめいたところで、御幸は足早にその少女へと近付いていく。
あ、おい。後ろで躊躇ったように声をかけてくる倉持は少女が見るからに具合が悪そうなことが気になったのだろう。相変わらずよく周りを見ているというか、見た目によらず世話焼きというか。そんなことを頭の端で思いながらも、御幸の足取りは我ながら少しばかり焦っていた。
その少女の姿があまりにも記憶に引っ掛かるものだったから。


「楓?」
「は?知り合いかよ」


思わず口走った名前と、背後から聞こえた訝しげな声。
御幸の声にゆっくりとこちらを見た少女は、やはり記憶の中と重なって。ただ今は曲がった背中とあまりにも悪い顔色の方が気になるが。
幾つかのレトルトのおかゆが入れられたカゴを重そうに持つ彼女は、御幸の顔をじっと見つめる。その間にも倉持は既にこちらに追い付いていたが、余計な口出しはしてこなかった。空気の読める男である。


「…どなた、ですか?」
「ヒャハハ!御幸おめー忘れられてんじゃねぇか!」


前言撤回、非常に煩い。
楽しそうにうりうりと脇腹をつついてくる倉持は鬱陶しいことこの上ないが、今は目の前の少女である。とりあえず隣の男は無視することにした、肘鉄を一発お見舞いするのを忘れずに。


「みゆき…」
「ひっでーの楓ちゃん、俺のこと忘れた?」
「…一也くん?」
「お。あったりー」


倉持の言葉から結び付いたらしく、え、と目を見開く楓の手からそっとカゴを奪い取る。大きくなってる…と呟かれたのは聞こえないふりをした。まぁ、彼女が引っ越してから2年以上会ってなかったし。
本当に知り合いかよ、御幸のくせに女子とかまじありえねー。ぼそりと悪態が聞こえてきたものの、悪いんだけどさ、と御幸が口にするとすぐさま舌打ちが返ってくる。倉持なりの了承の意だ。
見るからにふらふらな人を見つけておいて放っておけるような性格を倉持はしていない。ほんと根はいい奴だよな、顔は怖いけど。とは野球部全員が思っていることだろう。
門限までには帰ってこいよと言い残して背を向ける倉持に、おー、と短く返す。さて、目の前できょとんとしている幼馴染をどうしようか。普段ならばすぐに自分に気付かなかったことをもう少しねちねちと責めるところだけれど。


「お前どうしたの、おばさんたちは?」
「今、みんな倒れてて…」
「ふーん、買うのこんだけ?とりあえず待ってて」
「え」


一言一言を発するのもしんどそうな様子に、とりあえず家に帰すべきかと御幸はさっさとレジで会計を済ますと楓の手を引く。
その手から伝わる温度がやけに高いことに驚いたが、まぁこの様子なら妥当なところか。むしろよくここまで歩いて来たなと思う。さすが強がりなところは全く変わっていないらしい。


「しんどいなら背負うけど」
「平気…」
「そ?家どこ」


ゆっくりと、それこそ御幸にとっては進んでるのか分からないくらいの速度で歩く。正直背負っていった方が早いんだけど、と思わなくもないが、まだそんな遅くない時間帯の今人通りも少なくはないし、あとはまぁ迷惑がどうとか色々ごちゃごちゃと考えているのだろう。
ぎゅっと手を握ってやると、数秒してぐったりと寄りかかってくる。昔から強がって強がって、それでもどうしようもなくなると自身の母親や姉よりも御幸に甘えてくるような子供だった。


(そこがかわいんだよなー。言わないけど)


ゆっくりと進んで辿り着いた彼女の家は本当にすぐ近くにあって、持っていたコンビニの袋を慎重に手渡した。冗談ではなく僅かな重みで倒れてしまいそうだ。


「レシートの裏に俺の番号書いてあるから。何かあったら連絡しろよ」
「…うん。ありがと」


いつの間に。そう言いたげに見開かれた瞳がゆるゆると緩み、嬉しそうに笑った顔が記憶の中そのままで。なんとなく嬉しくなった。これも言わないけれど。


(おぅ御幸、詳しく話を聞こうじゃねェか)
(女子ナンパしてたんだって?さすがイケメンはやることが違うね)
(…倉持くーん?)
(ヒャハハ!こんな面白い話黙ってるわけねーだろ!)




20170123