ピンポーン
鳴り響いたチャイム、それに出てしまったのがそもそもの間違いなのかもしれないと楓は地味に後悔していた。
「Hey, trick or treat!!」
「「「…」」」
自信満々に現れた片目の男を前に、幸村は呆然とし、楓は少しばかり後ずさり、そして佐助はと言えば頭を抱え。
そんな3人の様子を微塵も気にすることなく、政宗は意気揚々と佐助の部屋に上がり込んできた。
元はと言えば、信玄にどうせだから研究室のゼミに参加してみないかと誘われた楓がレジュメの作り方を教わりに佐助の部屋を訪れ、なんやかんやしている内に暇を持て余した幸村が転がり込んで来て。
幸村がレポートをいくつも抱え込んでいることに目敏く気付いた佐助によってスパルタ教育が始まり、片や慣れない資料作りに奮闘し、片や泣く泣く課題を片付けていたのだが。
空も薄暗くなってきて、そろそろ電気を点けるかと佐助がカーテンをひくと同時に鳴り響いた、部屋のチャイム。
一番入口に近いところにいた楓が、自分が出ますと立ち上がって、そして文頭に戻る。
「あー、竜の旦那?何しに来たの」
「Ah? そんなの決まってンだろ、ハロウィンと言ったらやることは1つじゃねーか」
「…」
「ったく、楓ちゃんが固まっちゃったじゃないの。おーい楓ちゃん、大丈夫?」
どこから湧きあがってくるのだろうかという程自信満々なオーラを醸し出す政宗に、思わず現実逃避に陥っていた楓の思考回路が佐助によって引き戻される。
玄関の騒がしさが気になったのだろう。気付けば幸村までもが集まってしまい、あぁまだ課題終わらせてないのにと佐助が遠い目をしても本人たちはどこ吹く風だ。
政宗殿、その包みはなんでござるか。小十郎の畑から今朝採れたばかりのpumpkinを使ったpieだ。好き勝手な会話が飛び交う。
ハロウィンと言ったらやることは1つ、お菓子を賭けての勝負だと挑戦的な笑みを浮かべる政宗に、望むところだと力む幸村。
そんな2人の様子に再び固まる楓を安全地帯に誘導しながら、どうしてこの人たちはいつも面倒事しか起こさないのかと佐助は大きな大きな溜め息をついた。
ちなみに、溜め息を構成する成分の90%近くは諦めだ。
「さ、佐助さん。止めなくていいんですか…?」
「や、もうアレは何言ってもこっちが疲れるだけだから。とりあえずテーブルどけとこうか、危ないからね」
「はい…」
にこりと微笑む佐助に楓はなんだか居た堪れない感情を覚え、リビングでぎゃーぎゃーと騒ぎだす幸村たちから離れキッチンの片隅で再び勉強会が始まった。
何冊も本を開いて、紙の束をぺらぺらと捲り、パソコンに打ち込んで。
そうして作業すること数時間。外はすっかり暗くなり、時計の短針が左半分を回り始める。
そろそろ夕食の準備を始めようか。そう言って立ち上がる佐助に、手伝いますと楓も手を止めて立ち上がろうとした。
その、ときだった。
ゴッ、と。
鈍く、大きく、腹の底を震わすような。
そんな音が響いたのは。
(あれ、デジャビュ…?)
「ちょおおおおお!!!何やってくれてんのお2人さん!?」
「え、あれ?え、どうしたんですか…え?」
勝ち誇ったような笑みを浮かべている政宗と、床に転がっている幸村、は下半身しか確認することが出来ない。
上半身は、というと、見事なまでに壁にめり込んでいる。
恐らく腰から頭にかけては隣の部屋に貫通していることだろう。そんな常識からは考えられないことがすぐ浮かんだのは他でもない、まさに前科があるからで。
本当にこうやって壁を突き抜けるのかと、感動のようなものまで覚えてしまう。
「鍛え方が足りないんじゃねェのか?」
「む、一生の不覚でござる…!」
「…佐助さん、私佐助さんの作ったパンプキンパイが食べたいです」
「そうだね、俺様腕によりをかけて作っちゃう」
2人揃って頭を抱える。
なんか本当にごめんねと謝ってくる佐助に苦笑いを返せばよしよしと頭を撫でられて、はにかみながら荷物を纏めた楓はまた乱闘を始めそうな2人に背を向けて部屋を後にした。
幸い、貫通した壁は今回は楓の部屋とは反対側、つまり幸村の部屋に通じる方だ。
幸村は自業自得だろう。佐助は本当に気の毒でしかないのだが。
(…あ、痛そうな音)
佐助の部屋から鈍い音が2つ響き、佐助の説教が始まる。
きっと後でお詫びだと言いながら美味しい夕飯に誘ってくれるだろう、そうしたらまた作業の続きを教えてもらえるだろうか。
そう考えて頬を緩めた楓は、ポケットから鍵を取り出して自室のドアを開けるとぎゅっと抱えている資料を抱きしめた。
(さっきぶりだな楓、Trick or treat?)
(…な、なんでまだ居るんですか伊達さん…)
(ちょっと竜の旦那!ウチの子に手ェ出さないでくれる!)
20111116