昼間の浴室は、電気を点けずに磨り硝子の扉と窓を閉めても充分に明るい。
本当はもう少し暗くなりはじめる夕方がベストなのだろうけれど。ただそれだとどんどん暗くなってしまから、このアロマキャンドルの明るさだけで過ごすには昼間で正解なのかもしれない。
灯りを燈せば、ゆらりと小さな炎が揺れる。ふわり、浴室内に広がっていく甘い香り。
ぱしゃぱしゃと手の中で湯を遊ばせながら、のんびりと全身を寛がせ香りに包まれながら小さな炎を見つめる。


溶けた蝋が溜まる受け皿を手に取り、冷えていることを確認するとそれを肌に馴染ませていく。
香りがよくスキンケアにも使えるというこのキャンドルは恐らく少しお高めのものなのだろう。貰いものを試してみたのだけれど、この時間は中々好きかもしれない。
温めの温度に設定している湯はとても心地良く、ついつい長風呂になってふやけてしまいそうだ。


ぱしゃり、ぱしゃり。湯を跳ねさせて、香りを溶かしてみたりして。
ゆったりとした時間が流れているそこは、唐突に鳴り響いたメロディによってぷつんと途切れた。乱暴な切れ方ではない、オルゴール音の旋律はこれはこれでこの空間に合っていたから、途切れたというよりも少し流れが変わったくらいの表現が合っているかもしれない。
とにもかくにも、鳴ったのは浴室に持ち込んでいた彼女の携帯で、彼女1人で成り立っていた世界に新しい存在を知らせることとなる。
防水故に特に何の防御を施すこともなく窓の近くに置かれていたそれを手に取ると、着信の相手に彼女は頬を綻ばせた。
声の響きで浴室だということが相手にも知れてしまうだろうけれど、特に迷わず通話を選択する。そう出来る位には信頼を築いているから。


「大地?」
『…珍しいな、昼間から』
「お隣からね、お土産にってアロマキャンドルいただいたの。お風呂で使ってみるのもいいって聞いたから」
『ふやけんなよ』


見透かしたように笑いの混じった言葉をかけられ、思わずこちらも笑ってしまう。


ふと、連休前にクラスメイトと交わした会話を思い出した。
休みの間に遊びに出かけようと誘われ、その流れでお互いの連休中の予定の話になったときのことだ。


  え、澤村君ずっと部活なの?それって寂しくない?


自分の恋人は部活三昧な為に一緒に出掛ける予定は無いと言ったら、そう返ってきた。
確かにそれが一般論かもしれない。彼女にとっては澤村がバレーに熱を入れているのは理解する以前にどこまでも当たり前のことで、バレーばっかりだなんて考えは浮かばないだけで。
付き合う前から澤村がバレーに熱心だったから、というよりは。


『なぁ、今日何時くらいに来る?』
「おばさんと買い物行くから、大地より早く行ってる」
『お、じゃぁ期待してる』
「ふふ、楽しみにしてて?」


例えば、今電話しているように。今日夕飯を共にするように。
彼の日常の中に自分が溶け込んでいるし、自分の日常の中にも彼が溶け込んでいる。その中で自分が関われないバレーボールという存在はあるけれど、だからといって何が変わるわけでもないから。


過去に一度だけ謝られたことがある。その時に、部活の時くらいは大地を貸してあげる、とおどけるように言ってみた。そうしたら彼は不意を突かれたかのようにきょとんとした後、笑ってくれた。
彼が自分のことを大切にしてくれていて、自分が彼を大切にすることができて。これ以上のことなんてどこにも無い。




20150917