彼女の両親は、世間でいう『悪い人』というやつだった。
それを理解したのは彼女が6歳のときで、そしてその時には既に彼女自身も『悪い人』の仲間入りをしていた。無邪気に過ごしていた幼少期は少女の人生を一般のそれから大きく外すには充分な期間だった。


共感覚、というものをご存知だろうか。
某ウェブ辞典で調べると、ある刺激に対して通常の感覚だけでなく異なる種類の感覚をも生じさせる一部の人にみられる特殊な知覚現象、と出てくる。
文字に色を感じたり、音に色を感じたり。澪の場合はまさに音に色を感じた。また少し特殊なケースで、焦っている、嘘をついている、怒っている、落ち着いている、いくら顔に出ていなくとも声を聞くことでその声に乗せられた感情を色で読み取ることが出来た。
彼女にとってはそれが普通だった、普通だと思っていた。だがやけに心情を読みとる少女に戸惑った彼女の両親が訊いたのだ、どうして貴女はそんなに私たちの心が分かるの?と。
少女は答えた。だって目に見えるもん、みんなそうでしょ?


少女の両親は科学者だった。悪い組織の、悪い科学者。
彼女の答えに大層驚いた彼らは、幼い少女に幾つかの実験を繰り返し、その結果をみて大喜びでこう言った。
『貴女のそれは特別な力なの。他の人には無いのよ、貴女は選ばれた人間なんだわ』
澪は驚いた。彼女にとっては至って普通のことだったから。他の人がこの色を見えていないとは思ってもみなかった、確かに皆不必要に相手の発言を疑ったりするなとは思っていたけれど。
両親の言葉に嘘の色は見えず、信じられないながらも納得するしかなかったが。あれよあれよと少女は知らない大人に囲まれ、あいつの言葉はどうだ、こっちはどうだと様々な人と対峙させられて。
幼く無知な少女は素直に答えた。あのおじさんの言っていることは嘘だよ、この人本当はそう思ってないよ、と。


周りの大人たちは悪い人で、自分は悪い人が悪いことをするのに加担している。
小さな少女が漠然とそのことを理解したときには既に、彼女は組織の中でシンデレラと呼ばれるようになっていた。
幼い子供にと誰が考えたのかノンアルコールカクテルからとったのかお伽噺からとったのかは知らないが冗談みたいに洒落た名前で呼ばれ、殺意に溢れる非日常な場所が日常的になり。そんな世界の中で彼女は狡いと自覚しながら他人の命に繋がる言葉の色を売ることで自分の命を繋いだ。
自分の証言1つで簡単に失われる命。恐怖と憎悪の目に何度睨まれただろうか。覚えていない。


だから報いを受けるべきなのは誰よりも彼女自身が分かっているけれど。


(あーあ……ゲームオーバーかぁ)


組織への反発心から少しずつ少しずつ重ねてきた嘘。それがとうとう露見した。
腹が焼け付くように痛い。拳銃で撃たれるのがこんなにも辛いものだなんて知らなかった。
たった一発。それだけでこんなにも痛くて、辛くて、気力を削がれるものだなんて。撃たれる人を何度も見てきた、それによって命を落とす人も。でもそれは結局どこまでも他人事で。
左手を動かせばジャラリと鎖が音をたてる。牢屋なんて仰々しいところではなく、ただ単に手錠で壁に繋がれているだけだ。
それだけで拘束されてしまう程彼女は無力で。特別強いわけでも特技があるわけでもない、ただ少し人の言葉を読めるだけ。


どうせ殺されるなら、何か組織に打撃を与えてから死にたかった。こんなところで野垂れ死ぬのは彼女の本意ではなく、しかし無力な彼女に現状を打破する力は残っていない。
震える右手をポケットに入れる。指先に触れるのは、組織内で彼女が親しかった科学者の友人に頼み込んで譲ってもらった新作の薬だ。まだ試作品段階だと言っていたけれど、いざというときの為にと。
元々毒薬のつもりでは作っていなかったらしく、こんな使い方をするのは申し訳ない。でも殺されるくらいなら。乾いた口内にそれを含み無理矢理に飲み込んだ。


「……っ!」


身体中が痛い。熱くて痛い。骨が軋む、握り潰されているかのように全身が悲鳴をあげる。
腹の傷なんて気にする余裕もないくらいにどこもかしこも痛くて仕方なくて、上手く息が出来なくなる。ひゅう、と喉が細く音をたてるのをどこか他人事のように聞いた。
死ぬのって、苦しいんだ。
そんな感想が今更のように脳裏に過り、押し潰されそうな痛みの中で強制的にブラックアウトしていく意識に身を委ねる。
死ぬ直前は走馬灯が過るだなんてよく言うが、実際はそんな余裕もなく。ただひたすらに痛みと熱さに耐えながら、彼女はゆっくりと死んでいった。




20160127