カルーア。組織の一員であり、コードネームを持つ幹部の1人。
高い暗殺スキルを持っているだとか、残忍な思考の持ち主だとかいった事実はない。寧ろ組織にいるにしては随分と平凡な印象を抱く上、彼女の事を甚く気に入っているらしいベルモットは甘ちゃんだと評している。ジンに至っては鼻で嗤うレベルだとか。
だが、後ろ暗い事情のあるものは皆口を揃えて言うのだ。カルーアには気をつけろ。ネズミは勿論のこと、組織にとって不都合なことを隠したままカルーアに会うと全てを暴かれ組織に消されると。
まことしやかに囁かれているその噂。だがその噂を真とするならば、逆に言えばカルーアさえ欺ければ組織を欺いたも同じということだ。
『殺気を少しでも出したら飛び起きるわよあの子』
昨日、いやもう今日になるか、なんの抵抗もなくあっさりと不法侵入を受け入れたカルーアに内心驚いていると、そんな安室に気付いたのだろうベルモットが帰路で笑いながらそう言った。
飛び起きる?あんなにも無防備だった彼女が?あの時の印象だけで話をするならば、気を付けるべき相手というよりは甘ちゃんという評価の方がしっくりくるのが正直なところだ。二度目の侵入にも気付かず眠っているカルーアを見て、そんなことを思っていたのだが。
「殺意は無さそうなので」という彼女の言葉。それに心の内を撫でられたかのような思いがしてひやりと背筋が凍った。
(……なるほどな)
確かに、安室にカルーアへの殺意は無い。組織の人間に対する敵意はあっても、彼女自身の命を脅かそうという気は全く無かったのだ。それを彼女は読み取っていた。
何よりも恐ろしいのは、ここで「殺意は」という言葉が出てきたこと。もしや彼女は自分が彼女に抱いている敵意に多かれ少なかれ気付いているのではないか。
まぁ、そのくらいならなんとでも誤魔化しはきく。
カルーアという人間の前での一挙一動には細心の注意を払わねばならない。安室の中で彼女への評価が変わった瞬間だった。
「……安室さん?聞こえてます?」
「あぁ、すみません。少し考え事をしていました」
「さっきの交差点右ですよ、2つ先の信号でも大丈夫ですけど。ぼうっとして事故でも起こしたら私逃げますからね」
「あはは、気を付けます」
朝食を口に運びながら美味しいと頬を綻ばせる姿は素直なもので、会話をする上でも一見僅かな棘を含む物言いも声色や表情でそれを上手く柔らかくしている。簡単に言えば接しやすいのだ。彼女の性格なのか計算なのかは分からないが。
後者だったら恐ろしいな、と苦笑する。我ながら短時間で随分と彼女への評価を覆したものだ。
「……あ」
カルーアの言う通り2つ先の信号を曲がったところで彼女が小さく声を発する。
国道から抜けたそこには学校があった。校庭には体育の授業だろうか、それなりの人数の子供たちが揃いの体操服を着て駆け回っている。
そこそこに広い校庭をぐるりと取り囲むのは桜色の花弁をいっぱいにつけた木々で、枝から零れ落ちた桜色たちが道路の端を控えめに彩っていた。
「桜ですね。お好きなんですか?」
「1年の中でこの季節が1番好きです。何度見ても飽きなくて」
「日本人ですねぇ」
「安室さんもですよね?」
「えぇ、まぁ。この容姿ですから勘違いされることもありますけどね」
「あぁ、日本人離れしたイケメン具合ってことですか」
「茶化さないでくださいよ」
「あはは、つい。でも名前だけじゃないですよ、安室さんが日本人だなって思ったの」
ちらりと横目で助手席を見ると視線が交わったカルーアは、若く見えるところも日本人ぽいですけどねと悪戯に笑う。
「おや、僕貴女に年齢言いました?」
「いいえ、でもきっと見た目よりは大人でしょう?なんとなくですけど」
「褒め言葉と受け取っても?」
「どうぞ。あと言動の端々が、なんかこう、日本人だなって」
「なんですかそれ」
「分かりません?」
「分かります」
「分かるんじゃないですか」
意味があるような無いような軽口を叩きあう。
この気楽な、気の抜ける空気をベルモットは気に入っているのかもしれない。安室も正直なところ言葉の応酬を楽しんでいた。
カルーアと初めて顔を合わせ、その容姿から恐らく日本人だろうと当たりをつけて調べたものの彼女らしい人物の情報は何も出てこなかった。この国のことなら己の庭だというのに。
だが、調べたといってもせいぜい朝までの数時間だ。本人の口から日本人であると言質がとれたのでもう一度調べてみるか。
日本国籍である以上、何かしらの情報が見つかる筈なのだ。最も彼女の証言が本当なら、ではあるが。
対象の年齢の幅をもう少し広げて、整形関係を洗い直して。そう思案する安室の顔を、静かな表情で澪は見つめていた。
20180410