「時差ってご存知です?」
「あらいいじゃない、どうせ暇してたんでしょ?」
「素敵な冗談ですね、あれだけ調べ事押し付けといて」
「押し付けたんじゃなくてお願いしたのよ。なに、ご機嫌ナナメじゃない」
「逆に今私がご機嫌だったら怖くありません?」
「いいえ?遠慮せずニコニコしてもらっていいわよ?」


綺麗に小首を傾げてみせる姿は大層麗しい。見てくれだけなら国宝レベルだなと思う、人を真夜中に叩き起こして今すぐ飛んで来いだなんて横暴を働く人種じゃなければ。そうでなくとも犯罪組織の幹部な時点で色々とアウトだけれど。
差し出された紅茶を素直に受け取る。一口含むと、さすが紅茶王国だけあって香りも味も申し分無かった。
それで、と視線を送る。まさか世間話をする為にわざわざこんな無茶な呼び出しをしたわけでもあるまい。いや、その可能性が全く無いと言い切れないあたりが少し怖いが。
ベルモットは、そんな急かさなくてもいいでしょ、と肩を窄めて優雅に紅茶を飲んでみせた。非常に絵になるが、人を急かしたのはそちらの方だということを忘れないでほしい。


「仕事を手伝ってほしいの。ちょっと面倒でね」
「いいですよ。貸しイチということで」
「あら、私とのティータイムじゃ対価として不満かしら?」
「そうきますか」


不満か否かと言われれば特にどちらでもない。テンションの高いキャンティと色々と読めないコルンに挟まれた長旅はあまり快適ではなかったし、こちとら籍の無い身なので入出国は中々に骨が折れることを配慮してほしいところではあるが。
互いに本気で言っているわけではないので勝手にバタフライケーキを注文することでチャラにすることにした。


「珍しいわね、貴女あまり自分で作ったもの以外食べないじゃない」
「そうでもないですよ。誰かさんのおかげでバーボンさんのご飯は最近よく食べてますし」
「あぁ彼?あそこまで貴女に御執心になるとは思わなかったんだけど何があったの?」
「さぁ……同じ日本人ですし気になるんじゃないですか。ポジションも似通ってますし、こんな小娘が幹部の席に居座ってるのが気に食わないとか」
「なぁに、やけに一緒にいると思ったら噛み付かれてるわけ?それこそ珍しいわね、貴女誰とでも卒なく付き合うのに。ジンとか特にね」
「ベルモットさんには負けますよ」


あの銀髪を顎で呼びつけて足にするだなんて芸当は澪には出来ない。それに安室に関しては向こうが勝手に探りをいれてくるのだ。そう言ってもベルモットは予想通り楽しそうに笑うだけだった。
最初に安室が怪しいとジンにでも伝えていれば今彼はいなかっただろう。ジンは疑わしきは罰せよの方針だし、安室のことを好いていないから。それが出来なかった澪の負けなことは分かっている。
はぁ、と1つ溜め息をつけばベルモットはその美しい笑みを更に楽しそうに深めた。


「本当に参ってるならどうにかするけど?私これでも貴女のことは可愛がってるつもりよ」
「あはは、存じてますよ。ベルモットさんの手を煩わせる程じゃないです、そのうち手懐けてみせますよ」
「あら怖い」


最近色々と考える。あの日置いて来たものを、見て見ぬふりしてきた胸の奥底にしまいこんだものを。頭の中がごちゃごちゃして、志保のおかげで大分改善はされたが睡眠不足は継続中だ。
これは全て自業自得。この道を選んだのも自分、白に怯んだのも自分、決めた筈の心を勝手に揺らがせているのも自分。子供じゃあるまいしみっともなく助けを求めるなんて許されない。私はカルーア。そう言い聞かせれば強気な自分が顔を出す。
この話題の終了を意味してケーキのスポンジ部分を差し出してみれば、払われるかと思いきや意外にもベルモットはすんなりとそれを口に含んだ。


「甘いわね」
「まぁケーキですから」


***


夜になりネオンが目に刺さる街の中、とあるホテルの一室で1人の男が事切れた。
額を撃ち抜かれたその男は部屋の中に鮮血を散らしながら重い音と共に床へと倒れ込む。砕け散ったガラスと、その上から未だ広がっていく赤い色。
高層階でたった今起こった出来事に気付いた者はいない。このホテルにいる人間は皆、広間で行われているパーティーを楽しんでいる。
この殺人を計画したベルモットと、隣のビルから狙撃したコルン、そして倒れた男の傍らで無表情に赤を被ったカルーアを除いては。


「こちらカルーア。目標の死亡を確認」
『助かったわ。コルンもご苦労様』
『……仕事、終わった』


ターゲットを絞り込めない為、パーティーに潜り込んでどの男がそうなのかを見つけ出した上で狙撃ポイントまで誘導してほしい。ベルモットからのそんな頼まれ事は珍しくない。
一般人に紛れ込んでいるターゲットを会話をする中で特定するのは澪にとって難しいことではないし、ベルモットの美貌とは違うタイプのこの東洋の顔は男を油断させ誘惑するのに役に立つ。
故に、日本からあまり動きたがらない澪だが、ベルモットに呼び出されてはよく似たような仕事を熟した。毎度キャンティもコルンもこちらを気にせずぶっ放すものだからいつも全身に血を被ることになるのだが、こびり付く匂いにも慣れてしまった。
今回は真正面から浴びてしまった為少々気持ち悪い。前髪から額を伝って頬の方へと落ちてきた血を乱雑に拭い取る。
つい先程まで自分の腰へと無遠慮に手を回してきていた男。その体内を巡っていた温かい液体が、一瞬のうちに髪へ、頬へ、全身へ降り注ぐ。生温かさと鉄臭さ、赤色に染まる視界。
糸が切れたように倒れ込む身体。


部屋の電気を消すと辺りは一瞬で暗闇に包まれる。少し目が慣れると割れた大きな窓から差し込むネオンの光が微かに室内を照らしてくれた。
澪は備え付けられている化粧台の引き出しを開けた。無造作に着ていた服を脱ぎ捨て適当に髪や身体を拭うと、中に入っていた新しい服を身に付け大きめのパーカーを頭からすっぽり被る。
次いで灯油の入ったペットボトルの蓋を外すと脱ぎ捨てた服に振りかけ、残りをまき散らして火をつけると足早に部屋を後にした。閉じた扉の隙間からすぐに煙が漏れ出てくる。


「……きもちわるい」


小さく呟かれた言葉は、鳴り響く火災報知器に掻き消された。




20180418