カルーアという人間について噂を集めていると新しく分かったことがある。彼女は直接自分の手を汚す仕事は進んではやらない。どうやらそれがベルモットやジンに甘ちゃんと評される理由なようだ。
何気なくベルモットに尋ねてみたところ、「あの子はそういう仕事は嫌がるのよ」と事も無げに返ってきた。曰くわざわざ自分がやらずとも他に手はあるだろうと。自分には自分に合った仕事があるからそれを回せということらしい。
確かにカルーアの得意とするところは情報を集めたり人を探ったりすることだ。他の構成員に頼まれれば手を貸すが、あくまでもサポート役。
しかしいくら他に秀でた才能があったとしても、大体においてこういった組織では人を殺せないなどと言えば使えないと判断されるか裏切り者だと粛清されるかだ。恐るべきは、我儘ともとれるそれを許され、更には幹部にまでなっているという事実だろう。
それほどまでに評価される何かが彼女にはある。あのジンが認める程に。


「……で、今日は何の御用です?」
「遥々英国まで駆り出されたとお聞きしまして。疲労回復には鶏肉に含まれるイミダペプチドが効果的ですよ」
「ご丁寧にありがとうございます。生憎今日は仕事が立て込んでいますのでお引き取り願えます?」
「その仕事についてですが追加注文です。ついでに手伝えるようなら手伝ってこいとのお達しが」
「……」


一瞬とても嫌そうに顔を歪めたカルーアは綺麗な笑みを浮かべて会話を切り捨てようとしてきたが、畳み掛ければ諦めたように扉を大きく開ける。にこりと笑ってドアノブを譲り受けた安室は、それを掴んだ瞬間小さな違和感を覚えた。
冷たいのだ。先程まで彼女が握っていたのだから多少なりとも体温が移っている筈なのに。
疑問がそのまま身体を突き動かし、こちらに背を向け部屋の奥へ向かおうとしていたカルーアの右手を捕まえる。触れたと同時に振り払われてしまったが、思った通り彼女の手はとても冷え切っていた。日中は半袖でも問題ない程には暖かいというのに、まるで真冬の中に曝されていたかのように。


「セクハラで訴えられるのがお望みですか?」
「冷え症ですか?丁度生姜もあるんです、少し季節外れかもしれませんが鶏白湯のお鍋とか如何です?」
「……お好きにどうぞ。安室さんのご飯はなんでも美味しいですから」


違和感はもう1つ。いつも彼女は安室の侵入に気付くことは無かった。部屋に入り込んで暫くしてからばったりと顔を合わせた際に呆れたような表情をすることが常だった。
それが、今日は針金を鍵穴に差し込んだ途端中から扉が開いたのだ。驚いた素振りは無かったので、偶然ではなく安室に気付いたから扉を開けたのだろう。
警戒されているのか。今日に限って何故。我ながら毎度無理矢理に押し掛けている自覚はあるが、何だかんだと許容していた彼女が今更警戒する理由が安室には分からなかった。
いや、もしかしたら安室個人に向けられた警戒心ではないのかもしれない。現に部屋には入れたのだから。最初に拒否されてはいるが。
外国に行ったことで神経が過敏になってでもいるのだろうか?それが安室への警戒にも繋がったのか、それともやはり安室を警戒しているのか。再びこちらに背を向けたカルーアの後ろ姿からは読み取ることが出来なかった。


調理中たまに視線を寄越しながらもずっとパソコンを弄っていたカルーアは、呼ぶと素直にテーブルまでやってきた。
自炊をしている様子の彼女だが、昼現在シンクや水切りに食器の類は無かった。恐らく今日初めての食事なのだろう。いただきますと手を合わせ戸惑いなく口に運ばれることには逆にこちらが戸惑いを覚えるが、その後頬を綻ばせる姿を安室は密かに気に入っていた。
和んでいる場合ではないのは百も承知だが、この表情だけは彼女の素な気がして。カルーアとしての仮面が剥がれた彼女自身の姿を垣間見ている気がした。つまりこの瞬間は気を許されているということだ。そんな時間が増えれば増えるほど安室はカルーアに取り入ることが出来る。
鶏肉を口に含んだ彼女の、普段より幾らか固かった表情が解れる。それを逃す手は無いと、安室は室内をぐるりと見渡して口を開いた。


「前から思っていたんですけど、随分と勉強熱心なんですね」
「え?あぁ、別に本があるからといって身についているとは限らないですよ」
「でも明らかに全て読み込まれていますし。勉強お好きなんですか?」
「知識は荷物になりませんから。馬鹿は装えても、自分より賢くは化けれないでしょう」


なるほど、と思う。敵ながら随分と立派な考え方だ、知識の使い方さえ間違わなければその心意気は褒められたものだろう。だからこそ恐ろしい。


「1つの学問に留まらず専門書が多いですが……まさか何度も大学に入り直しているとか?」
「そんな歳いってるように見えます?心外です」
「冗談ですよ。ですが、独学だとさすがに限界があるのでは?高校レベルまでならともかく、見たところほとんど大学以上のようだ」
「……まぁ、そうなんですけど。だから言ったじゃないですか、身についているとは限らないって」


あくまでも自己満足ですよ。そうぼやくように言うカルーアに、安室はふむと考え込む。
これは一か八かだ。悪手となるかもしれないし、良い方向に転がる保証はない。だが。


「僕でよければ教えましょうか?」
「へ?」


ぽかんとした後に、訝しげに眉を顰められる。想定内の反応だ。


「これでも少しは自信のある分野もあります。代わりと言ってはなんですが、僕が明るくない分野の専門書もあるようですので読ませていただけると嬉しいです」
「安室さんに何のメリットが?」
「言ったでしょう?僕も知識は荷物にならない派です。……とは言っても、そうですね、正直に言うなら僕は貴女に取り入りたい。組織から一定の信頼を得ている貴女から信頼されれば、僕ももっと地位を上げることが出来るでしょう?」
「……正直ですね。貴方が思っているより私は組織内で重要な位置にはいませんよ」
「それでもいいです、少なくとも今より上がることは確かだ。僕とのギブアンドテイクが気に入ったらいい感じの噂でも流してもらえます?」


考え込むようにじっと見つめていたカルーアは、しかし安室の言葉に最後少しばかりの茶目っ気が含まれると釣られたように苦笑した。
取り入りたいというのは本当だ。コードネームを手に入れたとはいえ、幹部の中ではまだ下っ端もいいところ。少しでも中枢に近付く為には早い所信頼を勝ち取りたい。
それともう1つ。カルーアについてもっと探りを入れたい。恐らくは安室よりも若く、だが組織の中で地位を築いている彼女。なんとかして素性を暴き利用できないものか。
後者の思惑に気付いているのかいないのか。彼女のことだから気付いているだろう。それでもいい、これは賭けだ。彼女と距離を近付ける為の。
どうです?とおどけるように首を傾げてみせれば、彼女は諦めたように溜め息をついた。


「……物好きですね。いいですよ、私が気に入れば、の話ですけど」
「交渉成立ですね。では早速胃袋に訴えることにしようと思うんですけど、デザートは如何です?」
「知能犯ですね……ありがたくいただきます」




20180421