家に帰ると冷蔵庫の中に作った記憶のない惣菜たちが鎮座していた。
それぞれが綺麗にタッパーに詰められ並んでいる。2日3日何も作らなくても問題ないのではないかという程の品数に、思わず澪の口から苦笑が零れた。
一番手前のものを手に取ってみる。既に調理済みのそれは調理中の音を見ることが出来ない為、込められているものが悪意なのか善意なのか判断出来ない。迂闊に口に入れるべきではないだろう。
ないだろうけれど。『今から私が死んだらバーボンさんによる毒殺です』ベルモットに送ろうかと作ったメールを数秒迷ってから削除した。


「……おいしい」


梅でさっぱりと味付けされた蒸し鶏を飲み込むと、じんわりと栄養が全身へと回るようだった。そういえば鶏肉の栄養素がなんだとか話していただろうか。確かイミダペプチド。
なんとなく気になって携帯で調べてみると、活性酸素を抑えて疲労回復の効果があるのだとか。ふぅん、と呟きながらメール画面を作成する。安室は本当に物知りだ。
『冷蔵庫がデパ地下みたいでびっくりしました。早速蒸し鶏いただきました、美味しいです。ありがとうございます』
携帯片手にメールを送りながら洗濯機を回す。終わるまで湯船にお湯をはってゆっくり浸かって、洗濯物を干したら惣菜を何品かいただこう。ちらっと見たところ冷蔵庫に入っているのはどれもお腹に優しそうなものだった。
風呂のタイマーが準備を終えたことを告げ、少し温めのそこで脹脛をマッサージしながらぼんやりしていると、傍らに放置していた携帯が返信を告げる。


『お口に合ったようでなによりです。気に入ったものがあれば作り方をお教えしますよ』


そうくるか。身体を伸ばして頭を湯船の縁に預ける。ずるずると背中を滑らせて肩まで湯に浸かりつつ両手で携帯を支えた。
メールは苦手だ。文字からは相手の感情を読み取れないから。
ベルモットに言われた通り澪は自身で作ったもの以外はあまり口にしない。いや、しなかったという方が正しいか。それこそベルモットに返した通り最近は安室の手料理をよく口にしている。
自身で作ったものしか食べないというよりは外食を好まないのだ。人の作ったものは信用出来ないから食べたくないというわけではない。単純に、必要以上に調味料で味付けされているものを食べたくないだけ。
その点で言うと安室の料理は非常に澪の好みだった。最初の時点でキッチンの状態からそこまで見抜かれていたのだろう。
自炊はするが、熱心に本を読んだりレシピを調べたりはしない為そこまでレパートリーは多くない。教えてもらえるのなら素直に有難い。


『本当ですか?じゃあ今度料理教室開いてください』
『授業料として何がいただけます?』
『そうですね……では無条件で1回仕事を手伝います。如何です?』
『交渉成立ですね』


コードネームを貰ったばかりな安室は性格が合わないこともあり中々にジンから敵視されている。無茶な仕事を回されることもしばしばだ。安室自身はそこまで気にしていなさそうだが、それがまたジンの癪に障るのだろう。
別にこんな交換条件が無くともバーボンに言われればカルーアとして手伝うつもりはあるのだが、安室は借りを作る気は無いのかそもそも手を必要としていないのか、組織からの命で仕事を組むことはあれど個人的にカルーアを頼ってくることはなかった。いつも好き勝手使ってくれるジンやベルモットとはえらい違いである。
料理教室も授業料云々の話もただの戯れかもしれないし、本当に声がかかったならそれはそれでいい。そう思いながら沈黙した携帯を再び置いて両手をお湯の中に埋めた。




20180429