昼時を少し過ぎた時間帯。平日ど真ん中の水曜日、忙しそうに行き交う人々を眺めながら澪は太陽の眩しさに目を細めた。かっちりスーツの人もいれば、少しお洒落なブラウスを着ている人もいる。オフィスカジュアルというやつなのだろう。
道路は歩く人で賑わっていても、カフェ自体に人は少ない。ランチタイムはもっと混んでいたけれど、昼休みの終わった社会人は忙しいらしく席は見る見る間に空席が目立つようになっていた。
そんな中でテラス席で優雅に紅茶を楽しむのはとても贅沢なのだろうな、と思う。オレンジを主として数種類のフルーツをブレンドしたというそれは少し温くなった今でも十分に瑞々しい香りをさせている。
のんびりとした時間を過ごすこと数十分。たまには日光浴もいいものだ。
「ごめんね、遅くなっちゃった……!」
「いいよ、のんびりしてた」
長い黒髪を揺らしながら慌てたように登場した友人に、澪は手に持っていたカップを軽く上げて応える。これは明美の奢りかな、だなんておどけてみせれば申し訳なさそうにしていた彼女もまたつられるように明るく笑った。
宮野明美。澪が妹のように可愛がっている宮野志保の実の姉である。志保と同じように組織に身を置いてはいるものの、明美自身は幹部でもなければ下っ端の中でも端っこも端っこに位置するような存在。そんな明美と澪は志保を通じて出会ったのだが、あまり研究所から自由に出ることの出来ない志保と自由に研究所に近付けない明美。頻繁には直接会えない2人にかわってというわけでもないが、澪は志保とも明美ともよく会っていた。
澪や志保とは違い比較的自由な生活を送っている明美は、明るく、そして優しい。きらきらと輝くような笑顔で大学生活などの様子を語る明美は澪にとって眩しく、羨ましいという感情が無いとは言わない。ただそれ以上にいつも綺麗な彼女の声に澪は肩の力が抜ける思いがするのだ。この姉妹の力になりたいと最初に思ったのはいつだっただろうか。
「志保に聞いたわよ、珍しく風邪ひいたんですって?」
「気味、気味。勝手に重症にしないで」
「それでも珍しいじゃない。もう若くない証拠よー」
「それ明美にもブーメランじゃない?」
互いの歳は知らないし、明美にいたっては澪の名前も知らないけれど。大体同い年くらいだろうなと勝手に思っている。
笑い交じりに言葉を交わしながら、澪は新しい紅茶を、明美は少し悩んでアセロラジュースとクッキーを頼んだ。曰く、ダイエットしようと思いながらも甘い物の誘惑に負けてしまうのが女の子なんだとか。
「たくさんお菓子貰ったとも言ってたわ。私もお茶会参加したかったー」
「明美もほしい?私の愛」
「ほしいほしい!というかその女子力を分けて!」
「愛しの彼の為に?」
にやり、と笑ってやれば明美は頬を染めてそれを冷ますように両手の平をあてた。
実に可愛らしいその様子に、その顔で手作りお菓子なんて渡されたらどんな男もイチコロでしょ、と言うとからかわれたと感じたのか明美には不満そうに叩かれた。実際のところは本音半分からかい半分なのだが。からかいが混じっていることは否定しない。
彼氏が出来たの、と打ち明けられたときは思わずぽかんとしてしまったけれど、嬉しそうにはにかみながら話す様子はこちらもなんだかそわそわするような、なんともいえない気持ちになったのを覚えている。志保はお姉ちゃん男の趣味悪いのよ、だなんてぼやいていたが。
打算も駆け引きも何も存在しない時間。この姉妹と話す時間を澪は一番気に入っていた。
「そういえばね、この前コードネーム貰ったって言ってたのよ」
「え、ほんと?じゃぁ私会ったことあるかも」
「んーと、確かライだったかなー」
「……ライ?」
最近安室の他に2人の男と顔を合わせた。どちらもジンの指示によるもので、目的は安室の時と同じ。2人とも安室と同じく黒とも白ともとれなかったが、安室と違う点はその後特に接点が無いということだった。というより安室の付き纏い方が異常なだけだと澪は思っているが。
その2人の男に与えられたコードネームは、ライとスコッチ。そのうちの1人、ライの方を思い出してみる。名前は諸星大、そういえば明美が大君などと何度か口にしていたような。
それにしても。
「……大君って顔じゃないよね」
「あー!貴女まで志保みたいなこと言う!」
「や、私趣味悪いとまでは言ってないし」
「大君はね、ちょっと顔は怖いけど優しいんだから」
頬を膨らまされても正直怖いとは微塵も思わない。明美のこんなところに男は絆されるのだろうか。……あの鉄仮面のような男でも?しかし案外ライみたいに仏頂面で気難しそうな方が絆されるのかもしれない。安室だったら絆されたように見せかけて掌で転がしそうだ。
各方面に失礼なことを考えながら明美の惚気話に相槌をうつ。半分聞き流しているのがばれて、怒られて、笑い合って。あっという間に空は夕焼け色に染まっていた。
このフルーツティーは明美の奢りね、覚えてるなんてちゃっかりしてるんだから。そんな軽口を交わして、またねと手を振って背を向ける。ポケットから取り出した携帯は急かすようにランプが点滅していて、何度か不在着信があったことを伝えていた。わざと気付かないようにサイレントにしていたのは内緒だ。
「……あ、ジンさん。連絡遅くなってすみません……怒んないでくださいよ。デートしてたんですデート」
20180502