……、白い。
彼女が最初に思ったのはそれだった。
ふわりふわりと落ちていく。ぼんやりとした思考回路で、どこまでも続く白色を眺めながらここはどこだろうかと考えた。
浮いているのか、沈んでいるのか。どちらが上で下かも分からない。
自分は何をしていたのか。思い出そうとするとツキン、と頭の奥が僅かに痛み、眉を顰めると同時にだんだんと意識がはっきりしてくる。指先1つ動かすだけで痛い、腹の辺りが燃えるように痛い。
そうだ、自分は、


「……っ!」


ガバリ、と。勢いよく身を起こしたつもりだった。実際は首と腕が少し動いたくらいだったけれど。
全身に走る痛みに身体を丸めようとして、その動きがまた痛みを呼び起こす。思わず情けない声が零れた。
歯を食いしばって痛みに耐えながら、ベッドに寝かされていることと腕に点滴が刺さっていること、そして消毒の独特の匂いがすることに気が付く。白で統一された清潔な空間。
病院、か。


(……いやいや、おかしいよねぇ)


病院か、じゃない。自分の置かれた状況が分かったようで全く分かってないことに彼女は気付いた。頭の中がぐるぐると動き始める。




あの時、確かに彼女は毒薬を飲んだ。その後身体中がドロドロに溶かされるかのような痛みに襲われて、どのくらいかは分からないがずっとその痛みに耐えて。
そのまま死ぬんだと思っていたが、結果として彼女は暫くの間意識を飛ばしていただけだったらしい。次に目を開けたときにはそれまでの痛みが嘘のように消えていて、とはいっても打撲やら打たれた傷やらは相変わらずだったが、恐る恐る目を開けた彼女が見たものは小さな手だった。
誰のだろうと思ったものの、冷静に考えてその場には澪1人しかいなくて。


『組織には言ってないんだけれど、1匹だけ幼児化したマウスがいたのよ』


咄嗟にその言葉が頭を過った。
手を動かす。澪が動かした通りに目の前の小さな手が動く。ドクドクと痛む腹を叱咤しなんとか上半身を起こしてみるとかなり低い視点。
嫌な予感がしながらも自身の身体を見下ろしてみると、何歳くらいだろうか。随分と小さくなっていた。
幼児化。ぽつりと呟いた言葉は自分のものとは思えない甘ったれた高い声で。


事態を把握した彼女が一番に考えたことは、死んでいないとか逃げなければということよりも、小さくなったことを組織に知られないようにしなければ、ということだった。
組織の中で数少ない親しかった友人が組織に隠したあの薬による幼児化の可能性。それを自分も隠したいという、言ってしまえば澪の中の組織に対する反抗心だ。
幸い彼女は簡易な検査服を着せられていた為、裾は引き摺るものの衣服はそのままでも動くことが出来るだろう。手首だって手錠から抜けている。後は見つからなければいい。
そう考え、無理矢理に足を動かして彼女はその場から逃げ出した。伊達に生まれたときからこの組織にはいない、人気の無い通路を選んで必死に身体を引き摺って。




「……やっぱり小さい」


清潔なシーツの中、改めて自分の手を見てみても小さい。夢だと言われても納得してしまいそうな出来事ばかりだったが、記憶は信用してもよさそうだ。
ぼんやりと小さくなった手を見つめながらも澪はどこか冷静に幼児化しているという事実を受け止めていた。いや、もしかしたら混乱しすぎて自覚できていないだけかもしれないけれど。
しかし、記憶が正しいなら何故病院にいるのか。そう、だって自分は。


突如、カラリと病室の扉が開く。


「あ、目が覚めたかい」
「っ!」


この人に見つかったのに。




20160127