不定期に訪れる部屋の模様替えをしたい欲。
その欲求に朝から従った結果、昼前にはそこそこ満足いくレベルで寝室の景色が変わっていた。暫くは朝起きて混乱する生活が待っているだろう。
リビングの方はあまり代わり映えしないが、後から足した本棚が部屋の中でなんとなく浮いていたのを、テレビと残りの本棚2つを動かすことによって上手く収めることができた。個人的には大変満足である。
舞った埃を拭くついでに軽く部屋全体を掃除して、昼食でも作ろうかと手を洗ったとき。ピンポン、と長らく耳にすることの無かった音が澪に届いた。
この部屋のインターホンだ。これを聞くのはいつぶりだろうか。律儀にインターホンを鳴らすような知人は部屋を訪ねてくる相手にはいないし、通販も基本的には利用しない。
じゃなくて。


「どんな気紛れですか?」
「あはは、たまにはいいでしょう。平和で」
「共用玄関の方のチャイムが鳴らなかった時点で色々と平和じゃないと思うんですけど」
「僕もこのマンションに住んでるので」
「息をするように嘘つくのやめていただけます?」


あれ、バレました?だなんてカラカラと笑いながら勝手知ったるという風に入ってきた安室は、これまた慣れたように手に持っていた袋から取り出したものたちを冷蔵庫へとしまい始めた。
それを許容している自分も自分だな、と思いながら頭の中で描いていた当初の予定を変更する。安室が来たならば昼食は彼お手製だ。なら空いた時間でもう少し模様替えをしてしまおうか、いっそのことソファも動かしたい。
共に食事をする際、安室は必ず一から十まで腕を振るう。恐らく澪の手料理を口にしたくないのだろう、出来れば澪個人というよりは他人全般を信用していないのだと思いたいところではあるが。故に澪は手伝いを申し出たこともなかった。
食材をしまいつつそのままガサゴソと冷蔵庫を漁り始めた安室の背中にふと思い出したことを問いかける。


「安室さん、どうせなら合鍵いります?」
「……はい?」


いつもいつも不法侵入をしてくる安室に、どうせなら鍵を渡してしまった方がお互いに平和なのではとついこの前思ったのだ。そんなヘマをする男ではないと分かってはいるが万が一ということもある、鍵穴に傷がついたり、他の住人に怪しまれたりするかもしれない。あと気紛れでチャイム連打とかされるのも嫌だし。
そう思っての発言だったのだが、思ったよりも低い返事が返ってきてソファの方へ向かおうとしていた澪は中途半端な姿勢のままもう一度安室へと視線を向けた。彼の顔は、何を言っているんだこいつ、とでもいうかのように歪められている。もっとぽかんとした表情が返ってくるとばかり思っていたのだが。


「……前々から思っていたんですが、貴女本当に色々と大丈夫ですか?」
「お心遣いは嬉しいですけど、少なくとも安室さんが言える台詞ではないと思います」
「もう少し自分を大切にした方がいいのでは?危機感が足りませんし、なにより女性としての自覚が足りません」
「鍵なしでも侵入してくる相手に危機感とか言われても」
「そんな相手に合法的な手段を与えるのが間違いだと言ってるんです」


なんだろうか、この、ごもっともなことを言われているのは分かるのだが心底解せない感じ。不満がそのまま表情に表れていたのだろう、なにか?と底冷えのする笑みを向けられては無言で首を横に振ることしか澪には出来なかった。
非常識なことをしているのは向こうな筈なのに、何故こちらが常識を説かれなければならないのか。全く納得がいかない。別にただの無自覚天然のほほんガールなわけではないのだ。妥協を重ね効率を重視した結果である。
まぁ安室が気に入らないのならば澪としてはどうでもいい。安室との会話を打ち切ると再びソファへと踵を返した。


座る部分と背もたれが別々になっているそれは、少し頑張れば持ち上げて運ぶことが可能だ。その分勢いつけて座るとすぐにずれるという難点もあるが、1人でも十分に持ち運び出来るそれを澪は気に入っていた。
テレビや本棚を移動させたことで微妙に位置の悪くなったそれを再びしっくりくるところにセットするため、一度ラグの上からソファをどかすとローテーブルを乗せたままずりずりラグを引っ張って動かす。
満足いくとソファをまた1つずつ持ち上げてラグの上へと戻した。微調整を幾らかした後、一度座ってみる。中々絶妙な配置だ。
その作業をしている間キッチンの方からは何も音が聞こえてこなくて。


「……なにか?」
「ここに男手がいるのに逞しいなと思いまして。貴女意外と力持ちですよね」
「この程度で頼るほど貧弱なつもりはないですけど……あ、見てください安室さん。寝室もそこそこイメチェンしたんです」
「さっきの僕の話聞いてました?」


安室の言葉はあえてスルーすることにする。寝室だなんてプライベートな空間を云々言いたいのだろうが、こちらとて知っているのだ。安室がリビングにしか入ってきていないように見せかけて澪が寝ている間に寝室を物色していることくらい。
合鍵の件といい、こちらが容認しているのだから嬉々として取り入ればいいのに。何が怖いって安室の小言全てに打算の色があることだ。彼の頭の中では澪の言葉にそのまま乗るよりも、口煩く言いながら心配していることを主張することでより取り入ることが出来るという計算がなされているのだろう。
そう考えるとぷりぷりと怒りながらようやく調理を開始する安室がなんとなく面白くて澪は小さく笑いを零した。その瞬間また小言が飛んできたが。
本当に、猫を被るのが上手な人だ。




20180508