『警備の下見をしていた警察官数人が死傷したとの情報が入っています。繰り返します。先程……』
アナウンサーの声が右から左へ抜けていく。画面の中で爆発しているのは来週サミットが行われる国際会議場。そのサミットの為に降谷たちが今警備点検を行っている筈の場所。
爆発している。降谷のいる会場が。つい先程まで彼は電話で何を話していた?死傷した警察官の数、事故か事件かについては捜査中。頭の中でぐるぐると言葉が回る。違う、これは今テレビの中の人間が言っていることだ。
繰り返し流れる映像が爆発の規模を嫌という程伝えてくる。ばくばくと心臓の音が煩い。耳鳴りが酷くなってきてだんだん周りの音が聞こえなくなってくる。
無意識に落とした携帯を拾い弄ろうとしたところで澪ははっと我に返った。今降谷に連絡をとってどうするというのだ。電話をとれる状態だったら彼は他にやるべきことがごまんとある、必要なら向こうから連絡をくれるだろう。こちらから下手に連絡しても迷惑以外のなにものでもない。
それに、もし、とれない状態だったら。
それこそ、電話して何になるというのだ。
ぐっと掌を握り締めて1つ大きく息を吐く。努めて冷静になったところで、再び繰り返された爆発の映像の一瞬に澪は目を見開いた。
気のせいだろうか、いやでも。防犯カメラの映像だというそれはあまり鮮明なものではないが、爆風の中で一瞬だけ映った髪色は。
即座にリモコンを操作して今流れているニュース番組を録画する。震える手を叱咤して爆発直後の映像をコマ送りで確認していくと。
(……間違いない。12時15分2秒……いや、3秒)
重たい色の煙の中、傷だらけで映るのは間違いなく降谷だった。
ほんの一瞬。すぐにその姿は炎と煙に包まれて見えなくなる。
再び騒ぎ出す心臓と今すぐにでも連絡したい衝動を唇を噛み締めることで抑え込む。考えろ、今降谷が求めることはなんだ。自分がやるべきことはなんだ。
指先が気持ち悪いくらいに冷たくなっていることには気付かないふりをして、澪は無理矢理思考回路をフル回転させた。
スリープさせていたパソコンを起動させると共に足元からもう1台取り出して叩き起こす。繰り返し何度もニュースに流される映像の特定箇所にノイズをいれるべく手を回しながら、一方では膨大な量のファイルから目当てのものを次々に引っ張り出した。
左手を絶え間なく動かしながら情報を頭に叩き込み、脳内で降谷の言葉を思い出す。
ネットで開閉にアクセスできるガス栓。降谷が考えていたのはそれをテロに使われる可能性。国際会議場のあるエッジ・オブ・オーシャンにネット環境が整うのは今日から。故に警備点検の後にガス栓のシステムの点検が予定されていた。
降谷ならどう動く、澪に何を求める。考えろ、考えろ。
泣くことなんて後からいくらでも出来るのだから。
テレビに流れた防犯カメラの映像のこと、ガス栓へのアクセスを調べ始めたこと。簡潔な報告を降谷にメールしてから十数分後。この間を僅かというべきなのか長いというべきなのかは分からない。
ふいに震えだした携帯に、一瞬頭の中が真っ白になった澪は急いで画面に指を滑らせた。慌てたせいで力加減を間違えたまま携帯を押し付けた耳が痛い。頭と身体が上手くリンクせず第一声を発することが出来なかった。
『澪?』
「……っ!」
低く落ち着いた声。いつだって何よりも自分を安心させるそれに、込み上げるものを抑えるのに必死な澪は小さく返事を返すことしか出来なかった。
『悪い、色々と助かった。テレビ局への対応は後はこちらに任せてくれ、澪はガス栓へのアクセスを調べる方に集中してもらいたい』
「分かりました」
『まだ風見とちゃんと連絡が取れてないんだ、詳しいことを擦り合わせたらまた連絡する。僕はポアロのシフトが入っているから夜まで作業頼んでいいか』
「勿論です」
怪我は大丈夫なのか、必要なものは無いのか、本当に頼みたいことはこれだけなのか。訊きたいことは頭の中をぐるぐる回っているけれど、それらを全て喉の奥で押し潰す。自分の不安を解消したいが為だけの発言はするべきではない。
片方のパソコンを閉じて、ニュースを流したままのテレビが視界に入るよう身体の向きを変えて。1つ深呼吸をした。大丈夫、降谷は生きている。
後で出来ることは全部後でやればいい。今しか出来ないことは山ほどあるのだから。肩と耳で携帯を挟みながら両手をキーボードに滑らせると、小さな声が耳に入る。
『ありがとな』
ぷつり。そのまま通話が途切れる。
「……帰ってきたら嫌ってほど文句言ってやりますから」
目の奥が熱くなったのを頭を振ることでやり過ごし、澪はテレビの音量を上げるとヘッドフォンをしっかり両耳に装着してひたすらキーボードを打ち続けた。
20180510